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[1048] 阪神大震災から16年

投稿者
web多事争論編集委員
投稿日
2011/01/17 12:16

きょうは1月17日。
阪神・淡路大震災から今年で16年になりました。
ここ数年は、テレビでも震災を特集する番組は、
かなり減ってきています。
ちなみに、けさの朝刊のテレビ欄で、
「震災」の文字があったのはNHKだけでした。

かつて、ニュース23の番組で、
毎年、筑紫さんが神戸から中継していたのを思い出します。

神戸市で震災を経験していない人は、人口の3分の1に上るそうです。

震災から16年に、思う事を教えて下さい。

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[1049] Re:阪神大震災から16年

投稿者
N23 OG
投稿日
01/17 13:04

週末を利用して神戸の街を訪ねました。
16年という歳月を肌で感じた2日間でした。
被害の大きかった東灘区で街の方々と話をしたのですが、
小学校の先生が、被害にあった中心部ですら震災後の様々なことを伝えることの難しさを語っておられました。
あのとき生まれた子供は高校生になっているんですものね。
小さい力ですが、当時のことをキチンを伝えていこうと
三宮の歩道橋の上で誓いました。
夜には高層マンションに明かりがともり、
それが本当に幸せの光に見えました。
光の当たらない人々にも光があたりますように・・・

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[1054] Re:阪神大震災から16年

投稿者
リッキー
投稿日
01/19 03:49

16年前私は当時大阪に住んでいました

地震があった日に正月に実家から大阪にギリギリ飛行機に乗って戻り伊丹空港に着いてみると

タクシー以外の交通インフラが全てストップしていました
大行列でタクシーを2時間以上待ち
伊丹空港から当時住んでいた街に向かう途中
高速道路の橋桁が倒壊していました
途中、タクシーに乗りながら余震に何度も会い
恐ろしかったのを覚えています

幸い私の住んでいた街は被害を免れましたが
地震の被害が出ているエリアから歩いて一時間ぐらいの所にありました
当時私はスーパーの中の薬屋でバイトをしいたのですが
地震の被害を受けた人達の親戚の縁者の方々が
地震被災者の為に必要な物資を買い出しに来て
一時間以上かけて歩いて物資を届けに行く
最前線の商店街になっていました
当時、保存食・水とか以外にいつも売れない介護用の水無で洗えるシャンプーとかが**売れしていた事を思い出します

何が言いたかったかと言いますますと;
地震被災地域から一時間の場所なのですが
「当事者以外の人々はいつもどうり」だったということです
被害を受けていない隣の街からは別世界でした
隣の被害を受けた街は沢山人が負傷したり無くなっていたり救出活動をしていたのにもかからわず
隣街からは、何も焦る事なく平然といつもどうりの生活をしていました
ボランティアに行く人も店から色々買っていってましたが
この街の人達ではありませんでした
私も被災現場に行こうと思ったのですが
「危ないから行かん方がいい」と言われた事と
アルバイトが忙しく結局行きそびれてしまいました
結局ニュースでしか知ることが出来ませんでした…

6000人以上の人々もしかしたら私がアルバイトをしていた薬屋にもお客としてきていたかもしれない人達も含めて沢山の人々が亡くなり被災したのに隣の街からは平然と生活していた光景に何か違和感を感じた
私の阪神淡路大震災の思いでです。

阪神淡路大震災でお亡くなりなった人々に
御冥福を御祈り申し上げます。
m(__)m

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[1059] Re:阪神大震災から16年

投稿者
兵藤
投稿日
01/23 22:34

地震が起こる度に怖がっていた、亡き母が宮城県沖地震は
それ程怖くなかった。
それよりも1962年に発生した県北地震の方がよっぽど怖かった、とかつて語っていたことを思い出します。
怖かったのは縦揺れで階段がまるで波打つようだった、と。

阪神大震災も直下型だったと聞きます。
母の話を聞いていたからよっぽど怖かったんだろうなぁ位にしか
思っていませんでしたが、岩手・宮城内陸地震を経験して
視界を激しく揺さぶられて突き上げられるような揺れを
体験してから、ようやく母の経験に近づけたような気がします。
そして家が壊れるかもしれない、という考えが一瞬でも浮かんだ体験から
ほんの少しかもしれないけれども阪神大震災の被災者の体験に近づけた様に
思います。幸い家が壊れる等の大きな被害からは免れたので
被災者とは言ってもリッキーさんの体験の方に近いと思いますが。

そうした経緯から経験を伝えるのは難しいことだと思います。
知識を伝えることは出来るでしょうが、体験ともなると・・・
体験して欲しくは無いけれども実際に体験するまでは分らないでしょうね。
「油断大敵」これは平凡かもしれないけれども、震災を経験して改めて得た教訓です。

経験を伝えることは出来ないという位に伝わらないものだと思うけれども
経験のエッセンスの部分は織り上げていくことが出来ると思います。
今後予想される大都市部での震災に備えた対策をテレビ等でよく耳にするように
なりました。でも怪我人とかへの対策はあまり耳にしません。
応急手当等の講習をCSRなどでも評価するようになれば、と思います。
人は宝と言う事と、経世済民の理念とも合致するはずです。

長くなりましたのであとは箇条書きにします。
・19日放送のクローズアップ現代の震災や被災者に対する想像力というのは
 考えさせられました。(メディアや教育の果たす役割は大きいです)
・地デジでの緊急地震速報は暗号化と復号化で数秒のタイムラグが発生します。
 緊急地震速報があるから、と油断していると危険です。

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