編集委員の声

[2] 「マイルス・デイビス『Kind of Blue』50周年」

投稿者
WEB多事争論編集委員 吉岡 弘行
投稿日
02/27 14:10

今からちょうど半世紀前の1959年、マイルス・デイビスは『カインド・オブ・ブルー』をレコーディングした。
3月2日に3曲を、4月22日に2曲を録音し、たった5曲でこの年の夏にリリースされたのだ。それから50年、今年は春から夏にかけてマイルス・ブームが起きると予言しておこう。
 
早速、今週の『NEWSWEEK』誌でマルコム・ジョーンズというライターが次のような興味深いエピソードを紹介している。
レイシズムと音楽的タレントについてのマイルスの考え方だ。
 「マイルス・デイビスは白人からも黒人からも批判をあびた。ビル・エバンスをバンドのメンバーに加えたときは黒人コミュニティーから激しく批判された。だが彼は、自分は短気でひねくれているが音楽に関しては鋭い判断力があり、肌の色は無視すると断言した」
 50周年記念盤には、ピアノを弾くエバンスの背後からマイルスが手を伸ばして何かア
ドバイスしている写真が入っているという。このことに関してもジョーンズは、こう述べ
ている。
 「今なら何ということもない写真だが、59年に公開されていたら『黒人が白人に密着す
るほど近づいて何かを教える』などという場面はリンチに直結してもおかしくなかった」
 
バラク・オバマ大統領のiPodにも、マイルスの曲が入っているという。
1991年9月に亡くなったマイルスは、黒人の大統領の誕生をどう受け止めたのだろう?
就任式では黒人シンガーのアレサ・フランクリンが祝福の熱唱を披露した。
マイルスが生きていたら、あのミュートがホワイトハウス前で響いたかもしれない。

 私のジャズ歴、入口は白人ピアニストのビル・エバンスだった。
小平市から国立市に下宿を移した大学の後期、彼の『ポートレイト・イン・ジャズ』(1959)、『ワルツ・フォー・デビー』(1961)といった代表作を聴きまくった。
中でも『エクスプロレーションズ』(1961)が特に好きで、一日中くりかえし聴いた日もあった。もしもエバンスに出会わなかったら今ほどジャズを好きになっていないかもしれない。私にとってそれほど重要な人物だ。
 しかし、相手が悪かった。マイルス・デイビスがアイドルの座を奪うのにそれほど時間はかからなかった。もちろん二人を並行して聴いていた時期はあるのだが、今ではエバンスのCDを聴くのは年に数えるほどしかない。
 マイルスは死後も次々と音源がCD化されるので、馬券を買うついでに新宿のレコード店に立ち寄っては購入し、今も聴き続けている。
『カインド・オブ・ブルー』は半世紀で500万枚を売り上げ、今も週5000枚のペースで
買われているというお化けのようなアルバムだ。実際、私も人に貸して戻ってこなくなり、
3回ほど買いなおしている。
こんなアーティストが皆さんにもいるでしょう?
日本のロック・ポップスで名盤を5枚あげよと尋ねられたら、私は年代順に次の5組を選ぶ。
 ★矢野顕子の『ジャパニーズ・ガール』(1976)
   ~30年以上前の作品とは思えない。今聴いても新鮮だし30年後も同じだろう。
 ★中島みゆきの『愛していると云ってくれ』(1978)
   ~15歳の時に購入した「語り」から入るトータル・アルバム。『怜子』名曲です。
★YMOの『ソリッド・ステイト・サバイバー』(1979)
  ~衝撃的!『夜のヒットスタジオ』に彼らが出演した日は、今でもよく覚えている。
★RCサクセションの『ラプソディー』(1980)
  ~このライブを観た人が心底うらやましい!
★ユーミンの『昨晩お会いしましょう』(1981)
  ~伝説はここから始まった。同時期に石川ひとみに提供した『まちぶせ』も名曲。

10代の後半に彼ら彼女らに巡り合えた幸運に感謝!5組のアーティストは、若干の例外を除いて、いまだに新譜を聴き続けている。
サザンがはいってないじゃないか?という声も聞こえてきそうだが、私は好きになれなかった。初期の『勝手にシンドバッド』と『いとしのエリー』を超える楽曲はついに現れなかったと思う。数々のヒット曲がありセールスは上記5組を超えているのだろうが、その後どの曲を耳にしても新鮮な驚きはなかった。若くしてプロ野球でいう『殿堂入り』した感が否めないのだ。(桑田さんファンの皆さん、多事争論ということでゴメンなさい)
 
「本物の芸術家」は時代とともに変幻自在にかわっていく。
マイルスの話を友人や後輩とするときに、私はよくピカソをひきあいに出す。
作風を次々と変え、彫刻や陶器といった作品も膨大な数を生み続けたピカソ。
ロックやファンク、ラップといった要素を吸収し、自らの作品に昇華させていったマイルス。二人ともひとつのカテゴリーに収まることをしなかった。いい意味でファンを裏切るのだ。
 赤坂の行きつけの喫茶店『ミコレ』のご主人はジャズ・レコードのコレクターだが、「エレクトリック時代以降のマイルスは嫌い」といっていた。ピカソのファンでも『新古典主義』や『青の時代』は好きだけど、『キュビズムの時代』はどーも・・・という人は多いだろう。私はすべてが好きだ。それが彼らのスタイルだから。
先にあげた日本の音楽家の中で、最もスタイルが近いのが坂本龍一氏だろう。
先日発売された初めての自叙伝『音楽は自由にする』(新潮社)は、タイトルがそのことを物語っている。3時間かけて一気に読んだ。さらに熟読したい本で、若い人に是非お薦めしたい。坂本氏の作品群をながむれば、初期の『千のナイフ』に『エンド・オブ・エイジア』、クラプトンがカバーした『ビハインド・ザ・マスク』、マドンナに提供した『レイン』、オスカー授賞の『ラストエンペラー』等々、100年たっても色あせない真の音楽がある。
来月リリースされる5年ぶりの新作『out of noise 』もそれはそれは素晴らしい出来栄えで、今から日本ツアーが待ち遠しい限りだ。
生前、筑紫さんとジャズの話をしたことが何度かあった。
無人島にジャズのレコードを一枚だけ持っていくとしたら何にするか?といったたわいない話だが・・・。
私は迷わず『カインド・オブ・ブルー』をあげた。筑紫さんは「まぁ一般的にはそうだろうな」と認めながら、朝日新聞ワシントン支局時代からのお気に入りで、親交もあった「モダン・ジャズ・カルテットにする」と言った。
実際、棺にはMJQのドーナツ盤のレコードが収められた。今も天国で愛聴されていることだろう。
私は今年もマイルスを聴く!

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