[98] 録画が自白を生む?
- 投稿者
- 放送記者 中島風
- 投稿日
- 11/28 13:45
捜査機関での取り調べを全面的に録画するかどうか、法務省が勉強会を作り、検討を始めた。これまでも一部の事件で取り調べの部分的な録画は行われていたが、部分録画だと捜査機関に都合のいい供述だけが利用されるおそれがある。やるなら全過程の録画でなければ意味がない。取り調べの全面可視化は民主党の政権公約に書いてあるのだから、もう勉強する必要はない。ただちに法制化するべきだ。
だが、警察や検察は全面録画に消極的だ。被疑者が犯行を否認している場合、捜査員は時には自分の身の上まで明かしながら相手の心に入り込み、被疑者の信頼を得たうえで自白を引き出そうとする。被疑者が録画(録音)されていることを意識すれば、こうした日本的な「落とし方」は難しくなると言われる。
共犯や犯罪組織について供述させることはさらに難しくなる、という声もある。「共犯について密告したことはここだけの秘密にする。調書にも書かないから安心しろ」という口説き方はできなくなるだろう。なにしろ全部録画されているのだ。
日本の捜査当局には評判の悪い取り調べの可視化だが、すでに可視化制度を導入している国の現状はどうなのだろうか。
韓国では被疑者の人権保護を目的として、2005年ごろから取り調べの録画が行われてきた。さらに刑事訴訟法の改正によって2008年1月から録画制度が本格的に導入された。
法律で取り調べの録画が義務づけられたわけではない。ただ、捜査段階で自白したことを被告人が法廷で否認したときは、検察側は取り調べのビデオを再生して、被告人がたしかに自白したことを証明することが必要となる。
また刑事訴訟法の規定により、録画をする場合は取り調べの開始から終了まですべてを収録しなければならない。捜査機関にとっての「いいとこどり」は禁止されている。
この制度の導入で、韓国ではさぞかし取り調べがやりにくくなっただろうと思ったら、まったくそんなことはないという。韓国の警察関係者は口をそろえて「録画したほうが自白させやすい」と言うのだ。どういうことなのか。
録画をすれば威圧的な取り調べはできなくなる。供述の内容が歪められたり、警察にとって都合のいい部分だけが使われたりする心配もなくなるため、被疑者が安心できる。結果的に捜査員と被疑者との信頼が築かれ、自白が得やすくなるという。
韓国では検察も録画制度を肯定的に評価している。ある地検の検事は「被告人が捜査段階での供述内容を自分に有利な形に修正しようとしても、取り調べの際のビデオがあれば、それを防ぐことができる」と胸を張る。
日本と韓国が似ているのは人の顔だけではない。文化や社会制度に共通点が多く、刑法や刑事訴訟法も驚くほど似ている。ひと足先に取り調べの可視化を導入した韓国の実際がこうなのだから、いったん全面録画が始まれば日本の捜査当局も可視化に賛成するようになるのでは、と思えてくる。
しかし、韓国のある裁判官はこの録画制度について強い危機感を抱いている。
「自白のビデオが公判に提出されれば、被告人が法廷で自白を翻すことが難しくなる。これでは録画制度が捜査機関の武器になってしまう」というのだ。この裁判官の指摘は重い。被疑者(被告人)の権利を守り、冤罪を防ぐための録画制度なのに、捜査段階での自白を維持させる機能を持ってしまうなら本末転倒だ。
この裁判官は「取り調べのビデオを使って証拠調べをするのは、まるで法廷に取り調べ室を移してくるようなものだ」とも言う。有罪か無罪かは、公開の審理で一から争いながら明らかにすべきことだ。密室での自白ビデオが過大に評価される「ビデオ裁判」に陥ることで、公判中心主義がないがしろにされるおそれもある。
録画の証明力には限界もある。たとえば取り調べを中断して部屋をかえ、昼食を取る。その席で被疑者を自白に誘導してしまえばビデオには残らない。廊下や車中で「早く罪を認めれば執行猶予がつくぞ」などと捜査員がささやいても、いっさい収録されない。疑えばキリがないが「全面録画」を導入したからといって完全な可視化が実現するわけではないのだ。
取り調べのビデオが証明できるのは「その時そう供述した」という事実にすぎない。自白だけで犯罪事実を立証することはできないし、してはならない。日本国憲法にこう書いてあることを思い出してほしい。
「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」(第38条3項)
「いくら長時間追及されたからといって、無実の人が自白などするだろうか」
こんな疑問を持つ人は、まだいるのかもしれない。しかし、足利事件や志布志事件、氷見事件など、最近明らかになったいくつかの冤罪事件をみれば分かる。無実の人がやってもいない犯行を自白することなど、いくらでも起こりうる。これは戦前の話ではない。