新宿の小さなお店ベルクからⅠ
2010/10/16
~「個」が混ざり合う場所~


ベルクというお店について説明しますと・・・、場所は、JR新宿駅・東口の改札を出て左に15秒ほど歩いたところ。改札からとても近い場所にあります。
今、ほとんどの駅ビルで、大手チェーンの店が多くなっていますが、ベルクの場合は1970年から続いている個人店。もうここだけの、1店舗だけのお店です。セルフサービスの低価格・高回転といういわゆるファーストフードのスタイルは、大手さんの十八番で、ベルクもそれを見習ったところがあります。というか大手さん以上にそれを極めたいですし、真似できないこともをやりたい。

―メニューも多いですよね
メニューは150種類以上あります。そこまでは数えたんですけれど(笑)、たぶんそれからも増えているので、もっといっていると思いますね。基本的には珈琲とビールが主体で、それに合わせて、おつまみとかモーニング、ランチなどのフードもやっていくうちに、どんどん増えていったという感じですね。
開店してから今年でちょうど20年目になるんですが、最初はメニューも、もっと少なかったんです。でもこの新宿という場所柄に合わせて、お客様のご要望も入れながら、どんどん増えていきました。

―どういう要望があったんですか?
駅って、特に通勤時は急いでいる方が多い。食事も食後のコーヒーも一度にすませたいんですね。昼間はもう少し時間の余裕があるでしょうが、荷物を抱えてうろうろするのもしんどいし、一瞬でいいから心身リフレッシュしたいという時に、駅周辺に「値段はお手頃、味は専門店レベル、メニューは何でもあり的という店」があると、やっぱり重宝しますよね。

―珈琲職人さんやソーセージ職人さんなど、他の個人店との連携もベルクの特徴ですよね
ベルクで出している食材は手作りのものばかりです。それぞれ、うちの「職人」と呼んでいるんですが、珈琲職人、ソーセージ職人、パン職人、という職人さんたちが作ってくれているものです。彼らはそれぞれ自分のお店も持っている店主であり、同時にベルクの食を支えてくれている職人さんなんですね。そういう方たちとの偶然の出会いがあって、ベルクの食材をオリジナルで作っていただくようになりました。それは工場で大量生産されたものではありません。手作りの、少量生産のものですので、ベルクにしかないものもたくさんありますし、そこは他の店とは全く違うところだと思っています。

―ベルクでは、「個」のアイデアや作業が大切にされている気がします
それは嬉しいですね。なにより職人さんの顔が見えますもんね。この人がこのパンを作っていますとか、この珈琲を作っていますとか、このソーセージを作っていますとか、店頭にも写真と文章を出して紹介しています。
それらの味は実際に私たちがほれ込んだ味です。そしてそういった食材を元にメニュー作りをやっていますので、そこは自信といったら何なんですけど、やっぱり、自分たちが食べたいものを出しているという実感はありますね。
―スタッフの方一人一人のアイデアも、店に直接活かされているんですよね
そうです。アルバイトも社員も関係なく、スタッフ一人一人が店作りのアイディアを出しています。他のお店ってどうなっているんでしょうね。話に聞くと、お店の店長さんでさえ、メニューを変えるのは本部を通さないとだめだとか聞くんですよ。
自分がどんどん新しいもの作っていったり、変えていったり、逆に守っていったりするというのが、お店作りの面白いところだと思うんですけど、それができないというのはどういうことなのかなと疑問に思いますね。
―もうひとつ、ベルクの特徴として客層の幅が広いことがあげられますよね
そうですよね。不思議な方もいるし(笑)。こうやって久しぶりにお店に座っていると、「色んな色があるな」って楽しくなりますよね。見たことのない色もあるなって(笑)。なんでこんなに「色んな色の人」がいると楽しいんですかね。
お店によっては、若い女の人ばかりのお店とか年配の方ばかりとか、客層が決まっているお店もあります。街の中に色んなお店があるんだけど、それぞれのお店で決まった客層があって。でも、ベルクの場合は、全部ごっちゃになって入ってくる。それは不思議な感じもしますが、本来あるべき姿のような気もします。

―いま昼間ですが、珈琲飲んでいる人の隣で、ビールを飲んでいる人もいますね
人の好みというか、食に対する嗜好って千差万別ですよね。時間帯もそうですし。
決まった時間に決まったものを皆でいっせいに食べる、というお店も多いですけど、うちの場合は朝からビールも飲めるわ、夜にケーキも食べられるし、自分の好きなように組み合わせできますからね。
ちょっと話がずれるかもしれないですけど、いま、飲食店の「殺菌」とか「抗菌」とか、「菌」について調べているんです。
例えば、いまね、色んな検査が厳しくなってきて、「菌」をとにかく「すべて殺せ」と言われるんですよ。でも、菌は自分たちの皮膚にもついているし、腸の中にもたくさんありますし、人間の身体には常に菌がついているわけですよね。それで生きていけるわけであって、人間は菌と共存している。

食品に関してはどうでしょう。菌が外から入ってきてその量が多くなると、身体が、アレルギー反応というか拒絶反応を起こします。それが「食中毒」みたいなものになるわけですよね。でもその時に、「菌を全部排除しよう」という考えはおかしいんじゃないかと思って調べているところなんです。
人間の皮膚の上の状態って、いろんな種類のものがいろんなふうに組み合わさっている。そういう絶妙のバランスがあって人間は生きているわけですよね。
実は人間同士の関係も、それと同じなのではないかと思っています。地球上では人間も菌みたいなもので、人間の上にいる菌のように、人間自身が菌のように地球上に生息しているイメージができて。
1つの菌だけになると、むしろ皮膚というのは死んでしまうんですよ。色んな菌がまざりあっていることによって、お互いに色んな連鎖反応が起きて生活できる。そのことって、人間においても当てはまるのではないかと思っています。
(井野さん)
菌の世界って絶妙のバランスがあるみたいですよ。だから抗生物質で殺菌すると、そのバランスが壊される。そうすると人間の身体も弱くなるという・・・。
でも、そもそもベルクでは、食中毒は一回も出していないんですよ。お客様の中には抵抗力の弱い人もいるから、そういう方のために菌を増やさないようにしていく、というのは、飲食店の努めだと思いますけど、いまは「菌をゼロにしろ」と言われている状態なんです。


(続く)
迫川尚子(さこかわ なおこ)
ベルク副店長。写真家。
種子島生まれ。女子美術短期大学服飾デザイン科、現代写真研究所卒業。
テキスタイルデザイン、絵本美術出版の編集を経て、
1990年から「BEER&CAFE BERG(ベルク)」の共同経営に参加。
商品開発や人事を担当。利き酒師、調理師、アートナビゲーターの資格を持つ。
日本外国特派員協会会員。
1年364日ベルクに勤務する一方で、
職場を脱出しては、日々、新宿、東京を撮り歩いている。
写真集に『日計り』(新宿書房)、著書に「食の職」(ブルース・インターアクションズ)がある。
森山大道いわく「新宿のヴァージニア・ウルフ」。
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