私の多事争論


西川美和 過渡期を生きる女性たちⅠ

2012/11/26

”物言わぬ女房”が主役の理由



(金平)
西川さんのお名前はリンダ・ホーグランド※注①から聞きました。僕は2年前ま
でニューヨークに住んでいたんですが、リンダ・ホーグランドがブルックリン
に住んでいて、よく遊びに行っていました。そこで、彼女の仲間を紹介しても
らったりしていたのですが、ある時、「今、日本の映画監督で一番面白い人、誰?」って聞いたら、「西川美和」って。「西川美和のどんなところがいいんですか?」って聞いたら、「とにかく西川美和はすごい!」って。




(西川)
応援しようと思ったら、とことん応援して下さる方なんです。

(金平)
ものすごい惚れ込み方でしたよ。


(西川)
そうなんです。仁義の人なんで(笑)。



(金平)
西川さんの作品では、まず「ディアドクター」を拝見しました。その後今回「夢売るふたり」を観て、続いて「蛇イチゴ」「ゆれる」を観ました。それで、なるほどリンダ・ホーグランドがあれだけ惚れ込むだけあるなと思いました。リンダの言う通りだなあと。


(西川)
「リンダさんに見放されないような作品を作っていかなきゃ」というプレッシャーが強いんです。本当に。あの人だけは失望させちゃいけないと思って。

(金平)
惚れ込んだらとことんの人ですからね。
それで今日は、プロモーションの時期はもうとっくに過ぎてしまっているんですが、「夢売るふたり」の話からお聞きしたいと思います。一作前の映画「ディアドクター」から3年ぶりくらいですよね?


(西川)
そうですね。はい。

(金平)
今度の映画で面白かったのは、―僕が男性だからというのもあるんですが-いろんな女性が出てくるところです。特に日本の都市、都会で生きている女性。そういう女性をずっと見据える、という視点がものすごく生々しくて面白かったです。女性の監督が女の人を見る時の、ある種、男じゃ分からないようなものが含まれているような。“女性性”っていうんですかね。それを、僕はあの映画を観ながら強く感じました。
今回の「夢売るふたり」のテーマを教えて頂けますか?


(西川)
私自身は、自分の中の女性性というものにはどうしても自信がなくて、ずっと違和感を持ち続けていました。男性に差別されているからとか、社会的地位が低いからとか、そういう訳ではないんです。なんとなく漠然と・・・。社会一般に女らしいとされている“女らしさ”、そういう美徳みたいなものが、ほとんど自分の内面とリンクしないんですよ。しおらしさとか、たおやかさ、優しさ、母性、そういうものが自分にとってはしっくりこなくて、女性としての生き方にあまり自信を持てない人格なんです。



だから、“女性監督初の何々”と言われたり、“女性監督ならではの視点”と言われると、非常にむずがゆいんです。私を女性の代表だと思わないで欲しいって。女性の映画監督の数が少ないからそう言われるのも宿命なんですかね。同じ映画を撮っても男性だったら自分の性別を背負って立つということは無いはずなのに。だから女に生まれた宿命なのかなって思っています。性というものを常に意識せざるを得ない。

女性という性にくくられるのが常に煩わしいので、今まではなるべく、その“女性性”に特化しない作品を作ってきたところもあるんですが、「ディアドクター」が終わって次どうしようかなと思った時に、自分がずっと煩わしいと感じている、出来ることなら吐いて捨てたいと思っているような居心地の悪さとか、生き辛さというものを、逆に正面からやってみようと思ったんです。
というのは、女として生まれたにもかかわらず世間が求める形にはまりきらずに、居心地の悪い思いをしつつ装いながら生きている女性はたくさんいると感じていたからです。そしてそれは、「多くの女性が共感してくれる感覚かもしれない」という確信のようなものもありました。そう思って今回やってみたんです。



(金平)
“世間が求めている女性像”というか、“日本の社会で、世間が求めている女性像”というものに対して、生き辛さとか煩わしさを感じてあがいている女性―。もしかしたら西川さんご自身もその1人なのかもしれない。そういう意味でいろんな人が登場しているのが面白かったです。それが女性特有のものなのかというのは僕には分からないですがね。男もきっと社会的な制約の中で生きているから。


(西川)
そうですね。全くそうだと思います。

(金平)
“男らしさ”とか“あるべき男性像”みたいなものは、煩わしいし、めんどくさい。でも、男の場合は女性に比べると、ある意味でもっと従順なのかもしれないですね。従順なのがかえって男らしいというか、耐えているのがある種の美徳のような。
日本の社会では、女性も男性も、自分を主張するということは“わがままなこと”。そういうことを映画を観ながら感じました。それにしても、女性の主人公がたくさん出てきますよね?表情もたくさんありました。


(西川)
そうですね。

(金平)
松たか子さんの内面に、いま言われていたような生き辛さとか、爆発しそうな怒りみたいなものがありましたね。あの無言の演技、顔のアップ。観ていてとても面白いなと思いました。


(西川)
今回は“もの言わぬ女房”を主役に置こうと思ったんです。金平さんが言うように、いろんなものに沈黙しながら耐えていく生き方、というのは男女に限らずあると思うのですが、良き妻という役割を全うするために、墓場まで言葉を発さずに死んでいった女性たちもたくさんいると思うんです。
考えていることや今まで溜め込んできた感情をセリフでしゃべらせるのはとても簡単なことなんですが、今回は、その感情を言葉で発せさせずにどれだけその人の個性を描けるか、というところにこだわりました。人が日常抱えている悩みなんて、言葉にしてしまうと取るに足らない事なんですよ。でもその言語化されないところが面白いんであって、それが映るのが映画です。そのことを松さんに託しました。

(金平)
怖いくらい(笑)





(西川)
昔からある女性像ですが、家庭を守り家庭のために全てを捧げることが自分の生き方であり生き甲斐だと考えている女性。そういった女性が、歯車が1つ崩れた時にどうなっていくのか、何をアイデンティティにしていくのかというのをちょっと見たかったんです。

(金平)
映画の中には様々なタイプの女性が登場してきますね。いろんな意味で象徴的でした。僕は“重量挙げの選手”が好きで、あのエピソードを入れたというところがとても好きです。残酷だと言う人もいるけど全然残酷じゃなくて、あの人の胸が詰まるようなところがとても良かった。
あとデリヘル嬢もいましたね。そこに対して、僕はなんか・・・。偉そうな事を言うと、松たか子さんが演じた主人公も重量挙げ選手もデリヘル嬢も、騙される人ってみんな等しく、先ほどの言葉で言うと、世間が求めているものと自分の今の生き様のとの間であがいているでしょう?それを、ハリウッド映画のように「そこを乗り越えて強くなって偉い」みたいに終わらせないじゃないですか。


(西川)
世の中や人生がそんなに単純ならいいんですけどね(笑)。自分でも、「こう生きればうまくいくんだ」っていう答えを見いだせていないし、そういう意味での先導者にはなり得ない。むしろ、今世界で起きている有象無象の悩み、悩む様をスクリーンでいかに生かせるか。そう思って映画を作っています。
「こういう生き方をしているのは自分だけじゃないんだ」って共感してもらって風穴になるも良し、映画を観る事で自分の生き方を客観視できる機会になるも良し。よく「メッセージは何ですか?」と聞かれるんですけれども、そういうメッセージが分かれば違う職業に就いていたかもしれません。



(金平)
ある種のハリウッド映画の「逆境を乗り越えて最後は勝つ」という、アメリカ流のフェミニズムとは全然違いますよね。


(西川)
そうですね。そこまで歯切れのいい映画は作れないですね。私も一観客としては観客としては清々しく観るし、フィクションの世界ですからそういう夢があっても良いとは思いますが、現実ではそういう結論になかなか持っていけないですよね。

(続く)

※ ①リンダ・ホーグランド
200本以上の日本映画の英語字幕を制作。2010年には、映画監督として「ANPO」(あんぽ)を制作した。




西川美和(にしかわ・みわ)
1974年、広島県出身。大学在学中に是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』(99)にスタッフとして参加。02年、『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。同作品で第58回毎日映画コンクール脚本賞ほか数々の国内映画賞の新人賞を獲得。長編第二作『ゆれる』は第59回カンヌ国際映画祭監督週間に出品され、国内でロングランヒットを記録。09年、長編第三作目となる『ディア・ドクター』は第33回モントリオール世界映画祭コンペティション部門に出品、第83回キネマ旬報ベスト・テン作品賞(日本映画第1位)、第33回日本アカデミー賞最優秀脚本賞など数多くの賞を受賞。今年公開となった四作目の長編映画『夢売るふたり』は第37回トロント国際映画祭に出品された。その他小説作品に「ゆれる」「きのうの神様」「その日東京駅五時二十五分発」などがある。

(聞き手)
金平茂紀(かねひら・しげのり)
1953年北海道旭川市生まれ。1977年にTBS入社。以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、「筑紫哲也NEWS23」のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を3年間歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。アメリカ総局長・兼・コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。2010年10月からは「報道特集」キャスターを務める。著書に「世紀末モスクワを行く」「ロシアより愛をこめて」「二十三時的」「ホワイトハウスより徒歩5分」「テレビニュースは終わらない」「報道局長業務外日誌」「NY発 それでもオバマは歴史を変える」など多数。






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