藤原帰一 参議院選挙を前に(Ⅰ)
2010/07/09
~成長のために何をするのか~
―鳩山政権発足当時、藤原さんは、「この政権の可能性をしばらく見ていこう」と仰っていました。
それから10ヶ月。去年の「政権交代」が私たちにもたらしたものとは何だったのでしょうか。
“政権交代が実現可能なんだ”ということを示した意味では、大変な効果があったと思います。93年の総選挙でも自民党は下野していますが、この時は自民党の分裂をうけたもので、元自民党の議員の分を足していくと、票はむしろ増えているんですよね。93年の総選挙で大負けしたのは間違いなく社会党であって、自民党に対抗する政党が政権を握ったという結果ではなかったわけです。
去年の衆院選では、民主党が大勝ちしていますからね。仮に今回の参議院で民主党が単独過半数を握ったとすれば、これははっきりした変化になります。世論調査の結果をご覧になって下さい。僕もまだ全然わからないです。50議席を見込めるところまでは来ていると思いますけれど、単独過半数となる60議席になるのか、或いは50議席前半で終わるのか、もっと少ないのか、出口が全く違う。
仮に民主党が単独で過半数を握ったとすれば、結論からいうと、“政権交代しても安定した政府ができるんだ“ということになります。93年の失敗はここだったんですよ。細川政権・羽田政権とごく短い期間に内閣が変わって、信用を落としてしまうんですね。94年に村山政権が出来るけれど、実質的にはあれは自民党政権ですから。差配していたのは全部自民党だった政権だったので。自社さ政権ですけどね。
今度はそうじゃなくて、仮に民主党が単独過半数をとった場合、あと3年間国政選挙がないんですよ。しかも3年間終わったところで、衆参同日選挙をはかることができるわけです。“任期満了で衆参同日選”って異様に強い立場になるんですよ。同日選するかわからないですけど、もしすれば、与党に有利に働きます。票の動員を一回ですませることができるから。宇野首相の時代からこっち、参院選で日本の政治が不安定になってきた。それを変えることができるかどうかという選挙です。


いま、出口がわからないのは、世論が民主党を支持するのか、それとも与党だから民主党が勝つパターンになるのか、わからないからです。実際に小沢さんがやっていたのは、「与党だからこそ、自民党が得てきていたような集票組織を全部根こそぎさらっていこう」という、農協から医師会から全部さらって、組織選挙でやっていくというやり方。これは大きな変化のように見えますが、集票装置の影響力が大きいという意味でいうとこれまでと変わらないわけですね。
ここで、そうではない票の集め方をすることになれば、選挙のあり方自体が全部変わっちゃうことになる。政権交代によって大きな変化が出たかどうかがまだわからないのは今度の選挙次第ですが、そのためにはいくつかの大きな条件があります。
菅さんが合理的な行動をとるとすれば、1つは連立与党を軽視する戦略。国民新党を相手にしないというやり方に終始すること。それから2つ目には小沢さんを封じ込めるやり方に終始するという形。小沢さんは選挙に強いといいながら、いまや、民主党の最大の「世論を失う要因」なんですよ。「政治とカネ」という中でも「政治とカネ+小沢」で、世論調査の数字が急速に強くなる。反発が大きくて。鳩山さんのスキャンダルについては、それほど反発はなかったんです。それを小沢さんがーある意味でメディアが作ったイメージかもしれないけどもーかつての田中角栄と同じように影の権力者というイメージがあるので、これを抑えることによって、世論に大きな動きがでてきていますから。最後に外交で揺るがされないこと。鳩山政権は社民党、国民新党という議席の少ない党に揺らされることで、政権に対する信用を大きく落としていきましたからね。

―鳩山政権がやってきたことについては、いま、どんな評価をされますか
鳩山政権の一番ダメだったところは「官邸機能」ですね。首相がリーダーシップを発揮する上では、たいへん珍しい好機だったわけです。これまでずっと既得権で固められてましたからね。だから、政務調査会で族議員が予算割り当てをやったりとかいろんな仕掛けがあるなかで、首相は「単なる閣議の司会役だ」という、それぐらいリーダーシップがない存在が通常の姿だった。それを変えようとしたものとしては、中曽根さんの「行政改革」、小泉さんの「経済財政諮問会議」それぐらいしかなかったんだけど、その経済財政諮問会議も福田さんになってから、押し返されちゃいました。
その首相官邸の機能を強めるためには、今回、非常にいい機会だったんだけど、政治主導を「各省庁に人を送り込む」というやり方でやったのが根本的に問題だったと思います。大臣、副大臣、政務官、みんなよく仕事はするんだけど、アマチュアでしょ。で、勉強しなくちゃいけない。勉強しようとすれば、各省庁の官僚から勉強する。だから結局、日本の縦割り行政がもっとひどくなっちゃったんですよね。
その時に、官房長官の人事の失敗があるんだけど、官邸の求心力が異常に弱くなっていって情報を収集することもできなくて、普天間については、十分な情報なく平野さんが動き回るということになった。あれは官邸機能が弱いことを示しているんです。考えてみれば逆でね、新政権になったっていうことは、しがらみがそれだけ少ないですから、首相のリーダーシップを強化できたはずなんです。
今度の菅政権には、玄葉さんと仙石さんが人事の中核として入って、これに、内閣じゃなくて党ですけど枝野さんが入って、この3人が菅さんと一緒にやっていくという仕掛けなんだけど、これが官邸機能の強化になるかどうかはまだちょっとわかりません。ただ少なくとも、内閣官房に関わるところのリーダーシップを強めていこうとする方向で、これは正しい方向だと思います。
それから族議員関係でいうと、政務調査会をなくして政策調査会もなくすというやり方。政策調査会は民主にありませんでしたからね。それは族議員を排除するということだったんだけど、結果的には小沢さん個人の強力な政務調査会みたいなことになっちゃっていた。そこのところを今、党と政府の関係を変えていて、これがさあどう出るかなんですよ。ここはちょっと冒険なんで。政策調査会を復活させたんだけど、ほうっておいたら民主党も同じ族議員の体質を持っちゃう可能性があるんですよね。ただ、今のところは、国会議員がそれだけの既得権さえ持っていないから。そこのところは流動的だってことでしょうね。
官邸機能の強化は最大の案件で、菅さんはそれはやらざるを得ないと思います。そのためには、もう1つ。鳩山政権の問題点は、参議院選挙に勝とうとすることを第一に掲げたということです。これは小沢さんだけじゃなくて、小沢さんにそれだけの権力を許したのは参院選に勝つことを目的にしたからです。だから「子ども手当ての支給」とか「高速無料化」とかね、給付行政中心になっていたし、それから「郵政の改革見直し」も、全部“選挙目当て”なんですね。選挙目当ての考え方は僕は間違っていると思うんだけど、何か“金をやったら、支持が返ってくる”という考え方なんですよね。そうじゃないと思う。むしろ有権者は“安定した責任ある党首が実現するかどうか”というところを見据えているんだと思います。
子ども手当てについてですが、少子化対策は難しい課題だっていうのはその通りだし、経済的な条件が大きいのも事実。さらに所得を横断してお金を出すやり方そのものが間違っているとは思わない。でも1つの政策で少子化を打開できるという考え方はできないですよね。所得を横断して膨大なお金を流し込んだらすぐ少子化が解消されるというわけにはいかないでしょう。そもそもみんな結婚しないんですよ。結婚しない理由が経済的な理由によるものかもしれませんが、それだけではないかもしれない。経済的な理由もあるだろうし雇用の安定があるかもしれないし、色々な要因が重なってくる。今、結婚していない人、結婚しても子どもいない人はすごい数にのぼりますけど、その理由を一つに絞ることは難しいでしょ。

それよりも手をつけるのが先だったのは、やっぱり「経済成長」なんですよ。そう言うと財界のまわしものみたいだけど、経済が停滞していることは、社会保障支出が増大するという状況の根底にあるんです。鳩山政権が抱えていた問題は、“破綻した財政と低成長のもとで福祉国家をやろうとしたこと”なんです。福祉については必要だと思います。必要だからこそ、どこを確実に守りどこを確実に伸ばしていくのかということをよりわけなくちゃいけないんです。全部お金をばらまく形になったら必ず経済に逆行しますからね。僕は基本的には「教育と医療」だと思いますけども。だって今の日本の医療、アメリカと比べて、というより韓国と比べても悪いですから。そこまでガタガタになっている。それから「年金」ですね。そこまで絞り込んだものを守るだけでも大変なことです。
それと、他方では財政再建しなくちゃいけないとなれば、増税は避けられないとしても、“成長のために何をするのか”ということに手をつけなくちゃ増収が図れない。そこのところをやっていないんですよね。
つまり、選挙目当ての政策というのは景気刺激と逆行する方向なんです。あるところの景気を刺激するために措置をとった場合、例えば法人税の引き下げというのは、企業は喜ぶかもしれませんが有権者が喜ぶ政策じゃないんですよね。法人税減税しないと経済が動かないところって出てくるわけで、こんなやつに減税するのかと腹がたつ場合でもね、しなくちゃいけない、避けられないという状況があるんです。しかしこの10ヶ月、結局ずっと選挙目当てでやってきましたから、手がついてない。消費税の増税、法人税の減税を堂々というのは、両方とも選挙を前にすると自滅的な戦術なんですけど、だけど政策としては正しいと思います。とにかく成長を軌道の乗せることが第一で、―このことを言うとすぐ「ネオリベララル」とか言われたりするんだけどー、そもそも福祉国家をはかろうとするときは税の増収をはからなければならないんです。

流れからすれば、鳩山政権が目指そうとしたのかどうかはわからないけど、菅さんがやろうとしているのは“イギリスの、トニー・ブレア政権の路線に近いもの”になると思います。左から中道のほうに修正していって、そして“保守じゃない政権でも経済を成長できるんだよ”という信用を作っていく。社会民主主義の政党として日本にあった唯一のものは、「社会民主連合」でしたが、菅さんはそこの出身なんですよね。有権者は、“社会民主主義の政党が政権をとったら経済がだめになる”という固定観念を持ちやすい。そこのところを打開するのがブレアの大きな課題だった。結果的に、ブレア政権は中道によることで労働党支持者の左を切り落としたんだけど、左っていうのは他のところにいきようがないですから、彼らが保守党に投票する可能性はないのでそこを切って、成長戦略を実現していったわけです。また内政を重視するためにアメリカとの軋轢を避けようとした。対米関係を第一にしていくと。菅さんはそちらの方向に動いていくと思います。
―菅政権が、鳩山政権から引き継いでいくものってありますか。
僕は、鳩山さんと菅さんは政策的にそんなに違わないと思う。違うところがあるとすれば「外交」です。
鳩山さんは何を考えているのかずっとわからないところがありました。まず、彼は沖縄にそんなに関心あった人ではない。にもかかわらず県外移設を言い続けた理由として、最後に「アメリカに頼り続ける防衛というものがあっては望ましくない」ということを言ったでしょ。ああやっぱりこの人、“自主防衛論者”なんだって思った。
実は自民党の中にもその考え方の人がけっこういるんですけどね。僕は賛成しません。どの国も自主防衛をはかっていくということが重要なのではない。むしろアメリカの軍事力が、“狭い意味の、アメリカがアメリカの国益だと考えるもの”によってではなくて、必要なところに投入されるような仕掛けを作っていくほうがよっぽど現実的だと思いますし、大体どの国も大きな軍隊を持つことにそれだけ意味あるのかという疑いもありますから。ただそれでも軍事力が必要な場面があるんでね、そのために何をするのかという考え方なんですけど、その点では鳩山さんは、僕は根本的に違うと思った。ただ結果論からすると「憲法9条を守るべきだから日米安保に反対です」という議論と、「自主防衛だからアメリカへの依存度を減らすべきだ」という議論は出口が似てくるんですよ。その点では、社民党の福島党首と小沢さんと鳩山さんで、その傾斜が重なったんだということになると思います。
菅さんはそちらのほうは、極端にプラグマティックな立場で、日本がこれからアメリカに頼り続けるべきじゃないということよりも、むしろ、“アメリカとの関係が悪化することが、内政でやりたいことの邪魔になる”という判断でしょうね。その点はむしろ小泉さんに近いと思います。小泉さん、外交の人じゃないですよ。中曽根さんと正反対なんです。中曽根さんは、アメリカとも中国とも同時に関係を良くするでしょ。それは、中曽根さんは外交算段を中心に考えた人だからです。しかも中曽根さんは、心の底では自主防衛論者ですからね。でも、小泉さんは外交に関心がない。ただアメリカとの関係が良好だったら、アメリカの大統領と強い関係を持っていたら、日本の首相って、内政で逆らうことが非常に難しい存在になっていくので、それがポイントなんですよね。そこまで菅さんがオバマさんと仲良くなろうとするかわからないけれども、外交については現状維持路線ですよね。僕は結果的にはそれが普天間問題を解決していく上でも有益だと思っていますから、つまりアメリカの首脳との信頼関係を作るところからまず入っていかなくてはならないので。

それから、以前から言っていることですけれども、本土の自衛隊施設の日米共同利用に踏み切るべきだと思う。ここをあける、ということではなくて、全てについて。基地周辺の住民から反発があるでしょうけど、沖縄の負担が過度に集中している状態というのは、正しくないだけじゃなくて維持できないんです。そもそもこの議論は日本人が言っているだけじゃなくて、ペリー(米・元国防長官)やラムズフェルド(米・元国防長官)が言っている議論でもあります。
沖縄に米軍基地が集中しているという状況それ自体が、非常に不安定な状況ですから、沖縄が言っていることはその通りです。僕の言っていることが実現したところで、沖縄の反発はあると思う。仮に海兵隊が沖縄から撤退したところで嘉手納基地は残るだろうし。米軍基地容認の議論ではないかという非難は当然浴びることになると思いますけど、日本が日米同盟のための負担する意志があるんだということがアメリカにはっきり示される。本土の共同利用ってそうでしょう。そういう前提のもとであれば、沖縄への負担の集中を削減することは十分実現可能で、僕は海兵隊についても全く実現不可能だと思ったことないです。ただこれは、大統領と首相の間の信頼関係なければどうしようもないので、そのところで鳩山政権は失敗しちゃったんですよね。(続く)
藤原帰一
1956年生まれ
東京大学法学部 法学政治学研究科教授
専門は、国際政治 東南アジア政治
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