私の多事争論


平川克美 3・11後の日本へⅠ

2011/04/28

~「経済成長しない」ことからの出発~



―まずは、「社会保障と税」の一体改革についてお聞きしたいと思います。今後何を「改革」していけばいいのか、と考える時に、そもそも、“社会に参加すらできないでいる人”―安定した仕事を得られず、税金や年金保険料を払えないでいる人―が増えている状況を思うと、何から考えていけばいいのか悩んでしまいます。




前提の部分でいえば・・、今、「経済成長しない」ということは明らかなんですが、そこから出発できていない。いまだに「経済成長」を前提に全部考えているわけです。経済産業省の役人さんと話した時に、どう考えているのか聞いたら、みんな何もないんですよ。打つ手が。前提が間違っているからやりようがない。でもさすがに「経済成長できない」とは言えないそうです。そういう空気があるらしい。“経済成長”戦略だから。

それって本当に意味のないことをしているわけです。「経済成長したい」という希望を持つのはいいけれど、それはまったく、太平洋戦争前の「アメリカに勝つかもしれない」「何かやれば勝てるかもしれない」というのと同じです。全員が負けるということをわかっていながら、誰も、「アメリカに負けるかもしれない」ということを言えなかった。自明の前提があるのにそれを見ようとしないという構図は今と全く一緒。これは、これから困りますよ。困るんだけど「まあなんとかなるでしょう」と思っています。日本はいい国だから(笑)。



―日本は「何とかなる」?その理由は何でしょう。

世界はいまぐちゃぐちゃになってきていて、端的にいうと貧富の格差が拡大しています。今までは貧富の格差というのは、ジオポリティカルに、つまり、持てる国、ヨーロッパ・アメリカに対して、持たざる国、アフリカ・アジア・南米という、そこで分断していたわけです。でも「持たざる国」がいま猛烈に成長段階に入ってきた。
すると相対的に英米の経済覇権が衰えてきた。そして一国の中で富の再編をやり始めた。具体的に何が起こったかというと、先進国の中間層が、全部どっちかに分裂、具体的にはほとんどが下層に落ちたんです。
一方、日本は少なくとも、世界ではとても珍しいんですが、20年間にわたって一億総中流、中間層がものすごい分厚い時代が続いたんです。これはものすごい財産なんです。だから世界がこんなことになっていても、この間、僕、原宿を歩いていたら、無数の幸せそうなカップルが列をなして歩いている。こんな光景は世界にはないでしょう。

これは蓄積なんです。日本でも貧富の差があるけれど、全体として見たらかなりいい線行ってるし、蓄積があるから、内田樹流にいうと、「負けしろ」があるわけです。つまりどんな馬鹿が政治家をやっていても大丈夫。誰が政治家をやろうと関係ないわけです。だからころころと簡単に首相を変えちゃうんですが(笑)。



中国では、今の共産党一党体制が崩れると大変なことになる。北アフリカで起こっていることだってそう。リビアでカダフィがいなくなると・・・。カダフィは確かにものすごい圧政者だけど、彼がいなくなったらしばらくは内戦でしょう。僕は、これから先、北アフリカは、相当苦しい状況に陥ると思っています。つまりどんな秩序であっても秩序がないよりはいいという見方があるわけです。今の圧政から次の本当の民主化へのステップに移るまでには、何十年間か相当厳しい時代を経ないとならない。
日本は、中流が負けしろを持っているという意味ではアメリカよりはうまくいっているし、韓国よりもうまくいっていると思う。今さら日本をね、「経済成長によって・・・」というーこれを僕らは日本の「シンガポール化計画」と言ってるんだけどーそういうふうにする必要はないでしょうと。基本的には、いいじゃんこれでと。いい国だよ(笑)。馬鹿な政治家がやっても大丈夫だというのは、ちゃんと皆がやっていて、企業活動だとかモラルだとかがちゃんと機能しているということですよ。



―それでも、いま、年金や税金を払えていない若者が増え、将来多くの人が無年金になることを考えると、不安な気持ちになるんですが・・・

そりゃ、きついでしょう。でも、ちょうどいま僕が書いているんですけど、「大きな問題」、例えば「日本がどうなるか」とか、本当にみんな考えているの?それは、遂行的な課題なのってことなんですよ。「大きい問題」の取り扱い方という点では、日本人はあまり慣れていない。これまで、本当はそれを考えなければいけない局面があったんですが、たとえば戦争前の日本においても、自分たちで国の形をつくろうとはしないで、大勢にながされていってしまっている。体制順応で、付和雷同というこの特徴を一朝一夕に変えることはできないわけです。
だから、「大きい問題」については、「こうすべきだ」ということを言うんじゃなくて、とにかく正しい認識をすればいい。いま、日本がどういう状態に置かれているのかということを正しく認識できればいい。
ところが今の日本の状況に関して、これができているかといえば、誰も認識していないんですよ。経済成長しなければならないという希望は語れてもね。2006年以降、日本では急激に人口が減り始めた。こんなことは日本史が始まって以来初めてのことなんです。でもそのことを誰も指摘せず、日経団連も、同友会も「経済成長戦略」という。菅直人まで「経済成長戦略」という。「TPP」だという。それは正しい認識ができていないからそういうこと言うわけです。
『移行期的混乱』にも書きましたが、この人口減少局面では、経済成長するわけがない。だったら、経済成長しない中でどうやっていくかを考えないといけないんだけど、そういうふうに考えるためには、「経済成長しない」ということを受け容れなければならない。

企業というのはそれを絶対受け容れられないんですよね。企業の本能だといってもいい。企業というのは基本的に成長し続けないと生きていけないと思っている。つまり今の形の企業、株主主権、というのは、企業にお金を預けて配当待っている人で運営されているから。
でもそうではない企業のあり方ってあるんですよ。それを今、僕はやろうとしているんですが・・・。
(続きます)





平川克美(ひらかわ・かつみ)
1950年東京生まれ、1975年、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。
渋谷道玄坂に翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを設立、代表取締役となる。99年、シリコンバレーのBusiness Cafe,Incの設立に参加、現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。
2011年より、立教大学ビジネスデザイン研究科(MBA)特任教授。
著書に「反戦略的ビジネスのすすめ」(洋泉社)、「株式会社という病」(NTT出版)、「経済成長という病」(講談社現代新書)、「移行期的混乱」(筑摩書房)。
内田樹との共著に「東京ファイティングキッズ」(柏書房)、「東京ファイティングキッズ・リターン」(バジリコ)などがある。



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