平川克美 3・11後の日本へⅢ
2011/04/30
~「リセット」ではなく「ありもので」~
―いま、日本では単身世帯が急増しています。「無縁社会」という言葉で表現されたり「孤独死」などが取り上げられたりしていますが、その状況も、単身どうしが「とりあえず」助け合って何かやっているうちに、支える何かが生まれていくんですかね。


中間共同体ができていくという・・・。かつての日本はそういう国だったんですけど。でも、僕らはそれが嫌だったんですよね。濃密な人間関係が嫌だった。一人になりたかった。だから今のこの世の中は自分たちが作りたくて作った世の中なんです。それで今になって「一人が寂しい」とか言うなと。「やりたいことをやったんだろ」ということなんです。少子化もその流れの中で、女性が地位を向上させて働きに出るようになったから、結婚年齢があがって子どもが少なくなっていったわけです。進歩の結果としてそういうことが起きている。しかも自分たちが望んでそういうことをやってきた。望んでやってきた結果がこうなんだよね。そのことをまず認識しようと。これは誰かに仕向けられてやったんじゃなくて、今の日本のシステムは俺たちが望んで作ったんだと。まずそこを引き受けなければならない。望んで作ったんだけどうまくいかないねってなったら、ありもので、とりあえずありものを使って修繕していくと。そこが大事なんです。
だけど多くの人はありもので修繕しようと思わないで、もう一回全部根本的にやりかえるということを考えるわけです。リセットしようとする。でもリセットなんてね、何回やっても同じなんですよ。

大前提としては、皆、自分たちがこれを望んで作ったんだと。修繕すれば使えるよということを学ばないといけない。これをちゃんと根本的に学ぶには相当勉強する必要がある。文化人類学という学問がヨーロッパで生まれて、かつて、クロード・レヴィ=ストロースがブリコラージュという思想を世界に広めました。乱暴にいうとブリコラージュというのは、ありもので使えるものは使っていきましょうというものです。そういう社会が、かつて、今でもそうだけど、未開部族の中にあります。これはありものを使っていくから「進歩しない社会」なんです。
どんどん捨てて新しいものをと、マーケットを拡大していくというのがいわゆる近代消費社会だから、それに対するオルタナティブは確かにあって、それを、全部入れていく必要はないけど、入れていきましょうよという考え方をしなくてはならない。そしてそれは可能だよということを実際に示さなければならないということだと思います。

「貧困」の問題は、どんな時代でもどんな場所でもあるんです。一方で「格差」というものがありますが、これは「貧困」とは分けて考えるべきです。貧困は、みんな無くなったほうがいいと思っている。命に関わる問題で、政治が関与しなければならない。でも格差は、実は自分たちが不断に再生産している。なにかというと学歴聞いたりするでしょう?つまり格差がないと生きている実感がつかめない。他人と比べることでしか自分を同定できない。そういう価値観をこの間作ってきたわけです。金銭一元的な競争社会を作ってきた結果として、自分が他者に対して比較優位であることをどこかで確認したい。そしてこれが格差を作ってきた。自分についてもそう。あるべき自分と現実の自分というのを比べて自分を同定しようとしている。そういう形で何かと比べる。今の自分がどうなのかということよりは、自分と同じくらいの能力なのにあいつのほうが高い給料もらっているとか、俺は本来もうちょっと高い給料もらえるはずだとか考える。その考え方が「格差」を作っていく。その端っこのほうに、貧困の問題が出てくる。貧困の問題はこれは機動的な問題。すぐに対策打って下さいと。やっている人は皆で応援しましょうと。

ただ、そこに至るまでの間にものすごいグレーゾーンがあって、そこの中で一人ひとりが孤独になっていくという部分があるでしょう?これを悪いことだというふうに言うと、「家族をもう一回作り直せばいい」とか、「共同体の何かをやればいいじゃん」とかいうことになるかもしれないけど、でも出来ないですよ。そんなこと。自分たちがそういうのが嫌でそこから離れてきて今ここに至ったんだから。人間って、自分が望むことと違うことを実現してしまうんですよ。じゃあ出来ることは何だろうといったら、自分の周りを変えていくことです。「とりあえず何かあった時に集まれる場所をおれが提供します」とか「困った時は相談にのるよ」とか、「不幸を分担して、寄り添う」とか、そういうことです。
上から目線で「問題ですよ」というのではなくて、必ずあなたの身の回りにもそういう問題あるはずだから「自分はとりあえず、何ができるのか」「自分は何しているのか」と問うべきです。
(続きます)

平川克美(ひらかわ・かつみ)
1950年東京生まれ、1975年、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。
渋谷道玄坂に翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを設立、代表取締役となる。99年、シリコンバレーのBusiness Cafe,Incの設立に参加、現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。
2011年より、立教大学ビジネスデザイン研究科(MBA)特任教授。
著書に「反戦略的ビジネスのすすめ」(洋泉社)、「株式会社という病」(NTT出版)、「経済成長という病」(講談社現代新書)、「移行期的混乱」(筑摩書房)。
内田樹との共著に「東京ファイティングキッズ」(柏書房)、「東京ファイティングキッズ・リターン」(バジリコ)などがある。