坂本龍一「僕らが“倫理”を語るなんて」Ⅳ
2017/04/17
僕らが“倫理”を語るなんて


(金平)
それは面白い指摘ですね。ちょうど同僚が放送した企画の中でもそういうのが出てきました。性犯罪者の性衝動を薬物を使って無くす、という薬が今あって、それは韓国では合法化されているんです。それについて韓国の弁護士にインタビューしているんですが、「私は弁護士としてはこんなことには反対である。でも今は国の一行政マンとして雇われているので、粛々として執行していく」というふうに言ったんですよね。僕はね、その使い分けの論理というのかな・・聞いていて「えっ」と思ったんです。そういうものなのかなと。倫理、ある種の信念、理念とかっていうものは、人間が生きる時に、使い分けができるようなものなのかなというふうに思ってしまったんですね。
(坂本)
国が戦争に向かう時っていうのは、一人ひとりの人間が皆そうですよね。
(金平)
そうなるんですね。たぶんね。
(坂本)
だから戦争ができる。一人ひとりが個人として、倫理的な重みを感じ、決断を迫られるようなシステムだったならば、なかなかそうはならないですよね。だから、心理的な痛みを感じなくても、重みを感じなくてもいいように、システム側が動いてあげちゃうわけです。
(金平)
あのね、倫理の問題・・。でもこんな言葉は好きじゃないですから! 正直いうと。

(坂本)
倫理的な人間じゃないじゃん、元々。(笑)そんなの、もう・・・(笑)

(金平)
倫理社会くそくらえと思いながら生きてきた人間だから(笑)
(坂本)
そう、その僕らがあきれるぐらいに倫理的ではない社会になっちゃった(笑)

(金平)
自分でも笑っちゃうぐらいなんですけど(笑)
(坂本)
おかしいよ。こんなはずじゃなかったって。最も倫理的じゃないはずだったのにって(笑)
(金平)
でしょ? 倫理なんて、一番どうでもいいようなことだって・・(笑)

(坂本)
一番ばかにしてましたもんね(笑)
(金平)
でも、そういうことを考えるようになったきっかけの一つは、ドイツに行ったことです。ドイツは、福島第一原発の事故から2ヶ月半後に脱原発を決めました。その際、メルケル首相―東ドイツ出身の物理学者なんですがー、彼女がやった一番面白いことは「倫理委員会」を招集したことです。原発の維持を話し合うための諮問をしてほしいと招集したんですね。
その倫理委員会には17人のメンバーがいるんですが、その中に原発の専門家は一人もいないんです。宗教の代表と、労働組合、BASFという大企業のオーナーと、危機管理の専門家、社会学者。あと女性代表が2人いました。そういう人が集まって、「原発をこれ以上維持していくことが倫理的かどうか」ということだけで話し合った。そしてその話し合いの過程を全部公開し、動画で中継したんですね。それで「倫理的じゃない」と、「原発をこれ以上維持していくことは倫理的じゃない」と決めた。それをメルケルはすぐ受け入れます。メルケルは、元々はプロ原発推進だったんですが、でも変えちゃうんです。

(坂本)
メルケル首相、つい最近も回顧して「一年前の決断は正しかった」と言っていますね。
(金平)
そうです。その話を知って、「なんでドイツがそれを出来て、僕らはそれを出来ないんだろう」と思うんですよ。
(坂本)
柄谷行人さんの言っている答え知ってます?「ドイツは2回負けたから」って。

(金平)
あははは(笑)
(坂本)
日本はまだ1回だからだめなんだって(笑)
(金平)
2回負けないとわからないっていうんですか?でも2回原爆を落とされたじゃないですか。
(坂本)
それを負けたと思っていないのか・・・。
(金平)
これ、本当に歴史のアイロニーというか、つまり日本は、原爆を世界で一番最初に落とされた国です。戦争で。そして第五福竜丸が水爆実験に巻き込まれ、東海村JCO臨界事故が起きた。その延長で、核というものに対して一番意識的でないといけない国民なんです。
でも、選挙で選ばれた僕らの代表は、いま「原発再稼動」って言っています。これ、悪い冗談っていう以前に、なんでそうなるのかという。もし高木仁三郎が生きていたら、筑紫哲也が生きていたら、何を言うだろうかと思っています。お前ちょっと冗談やめてくれというところから議論が始まらないといけない時に・・・。
これは、さっき言った「イナーシア」、「惰性」ですね。惰性っていうのはつまり考えないほうがいいわけです。

(坂本)
わかります。イナーシアの問題については、テレビもそうだし、復興についてもそうです。原発事故もそうですけど、未曾有の事態が起きている時に、昨日までの法律だとか習慣で対処しようとしている。それ、うまくいくわけがないです。困るのは、いつまでも待たされる地方行政、避難民。実際何も動いていない。だってそうですよね。想定されていない事態に対して今までの枠組みでやろうとしているんですから、無理に決まっているんです。
ドイツの倫理委員会で最初に来るのはやはり宗教界の人たちですよね。日本でもこの間、仏教界もキリスト教界も声明を出し、「原発は人類と共存できない。人間性に合わない」と言っています。でもそれが全然、社会を代表する声として響いてこないですよね。facebookの中では共有されていても・・・、全体としては届いてこない。全然。日本は、宗教人口は多いし、お寺も多いし、お葬式も色々やるし、神道もある。でも全然、スピリチュアルな国民じゃないですよね。

(金平)
違うと思いますね。
(坂本)
そういうことに重きを置いてないです。ものすごく大きな物事を考えたり決める時に、まずそのスピリチュアルな考え、或いはそういう人たちの意見を聞くということが、あのマッチョなアメリカやドイツなんかでも、ある一定の重みを持っています。でも日本には全然ないですよね。日本のスピリチュアリティーはどこへ行ってしまったのか。元々ないのかどうかわからないけど、不思議だなと思います。

(金平)
日本人って、もっと現世的なところで生きているんですね。唯物論者で生きている人たち。
(坂本)
だけど、「一木一草にいたるまで神が宿る」みたいな言葉もあるし、実際にそういう感覚、アニミスティックな感覚が僕の中にはまだありますよ。だけど、そういうところ、全然力を発揮しないですよね。不思議だなあと思って。
(金平)
野田総理が菅内閣で財務大臣のころの、緊急対応時の議事録が公開されました。その中で野田大臣が唯一言ったのは、「メディアで東電国有化論が出ているようだが、市場に影響を与えるのでそのような情報は出さないように」というものでした。2011年の3月11日、12日、13日という、一番人を救わないといけない時に、財務大臣だから言ったんでしょうけど、「市場に影響を与えるから」と言った。それに僕はすごいショックを受けて、「ああ、そうなんだ。この人って、あの期に及んでもそういうことに頭がいっていたんだ」と思いました。

(坂本)
しかもその、今の野田内閣、今の日本のリーダーは国民が選んでないんですよね。小渕元首相が亡くなった時も、次期首相が密室で決まりましたよね。あの時も、「これ民主主義じゃないな」って思いましたが、今回のことでも、日本は、制度としてもまだ民主主義になっていないという気がします。
(金平)
日本が民主主義の国だとは、僕はあんまり思ったことないです。というのは、なんていうんだろうな・・少数意見とかマイノリティーに対しての配慮がこれほどない社会って珍しいでしょ。アメリカとは全然違う。
(坂本)
むしろ中国に近いですよね。だから北朝鮮や中国のことを、日本は非難できないです。民主主義じゃない。官僚が全部決めている国です。

(続く)
坂本龍一(さかもと・りゅういち)
言わずと知れた世界的なミュージシャン、作曲家、ピアニスト、俳優、著作家、等々幅広い活動範囲をもつ。1952年1月生まれ。東京都出身。都立新宿高校→東京芸術大学大学院修士課程修了。愛称は「教授」。音楽上の経歴は一切省略して、ここでは彼の社会的な活動に若干触れておく。戦争や環境問題についての発言をしっかりと継続して行っている日本では数少ないアーティストのひとり。実際、故・筑紫哲也キャスターらと共に、地雷除去キャンペーンに参加したほか、アメリカ同時多発テロ事件後の「非戦」姿勢の表明、楽曲の制作(アルバムChasm)、PSE法(電気用品安全法)に反対する署名活動の展開、青森県六ケ所村の核燃料再処理工場に反対する運動(STOP ROKKASHO)、東日本大震災後には、自ら被災地を訪問して、森林保全団体モア・ツリーズとともに、木造仮設住宅の設営に尽力している。かなりの読書家でもある。
(聞き手)
金平茂紀(かねひら・しげのり)
1953年北海道旭川市生まれ。1977年にTBS入社。以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、「筑紫哲也NEWS23」のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を3年間歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。アメリカ総局長・兼・コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。2010年10月からは「報道特集」キャスターを務める。著書に「世紀末モスクワを行く」「ロシアより愛をこめて」「二十三時的」「ホワイトハウスより徒歩5分」「テレビニュースは終わらない」「報道局長業務外日誌」「NY発 それでもオバマは歴史を変える」など多数。
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