坂本龍一「僕らが“倫理”を語るなんて」Ⅴ
2017/04/20
民主主義の萌芽
(金平)
あんまり悲観的な話ばかりになると良くないので、勇気付けられた話をしますね。
昨日、東北から帰ってくる時に、電車の中で読んでいたんですけど、酒井啓子さんが、雑誌の『みすず』の中で、「アラブの春とウォール街と3・11をつなぐもの」という文章を書いています。僕はこれを読んで、胸がすとんと落ちるような気がしました。結論として何を言っているかというと、ちょっと読んでみますね。


「アラブの春やウォール街占拠運動で共通に見られるのは、自分たちは見捨てられているという強烈な自覚だろう。アラブの春でデモ隊が繰り返し強調した尊厳はそういう意味だ。そしてその自覚に基づいて彼らが主張するのは、見捨てるな、ではなくて、自分を見捨てるようなシステム自体に対する激しい忌避である。アラブの春やウォール街占拠運動の新しさとは、国家やお上に自分たちをなんとかしてくれと要求する従来の陳情型の抗議運動ではなく、自分たちを見捨てたものたちが独占するもの対して、それを奪還しようという運動だというところが新しいんだ」と。
僕は全くこの通りだと思いました。アラブの春とウォール街の運動って連動していますね。

(坂本)
もちろんそうです。

(金平)
それは、「なんとかしてくれよ」じゃなくて、そのシステム自体に対するNOなんですね。
酒井さんはこうも言っています。「遅ればせながら、日本もまた、震災と原発事故を経て、お上に牛耳られているものに疑問を投げかける契機が生まれているのではないだろうか。お上が調べないものを自分たちで調べ、自分たちで対処する。複数の情報を自分たちなりに分析し、納得のいく対応をとろうとする。それはおそらく過去数十年の間で日本で初めて、どういう情報を持っているか、どういう知識を持っているかが人々の生き死に直結する事態が発生したからだ」と。

(坂本)
そこにだけやっと民主主義の萌芽があると思うんですよね。
(金平)
そうですね。
(坂本)
そこが戦前と違うところかなと思いますし。ネットやグーグルマップとかfacebookが大きな道具になっているところも面白いし。
(金平)
この絶望的なマスメディアの状況の中で、もう一つ、とても勇気付けられたことがあります。NHKのETV特集で放送された「放射能汚染地図」です。このように本にもなっています。

取材・製作に携わったのは、七澤潔(ななさわ・きよし)さんという僕と同じぐらいの年の人で、チェルノブイリの事故やJCO事故に関してものすごく一生懸命取材していた方です。ですが、NHKでは、まあ冷遇されていて、3・11の時にはNHK放送文化研究所というところにいたんです。
ところが、福島第一原発の事故が起きた後は、彼のような人間はとても貴重なんですね。だからNHKの中の良心的な人が、「お前手伝ってくれ」と一声かけたんです。そしたら彼は、彼がいた放送文化研究所自体はなかなか番組を作れる環境じゃないんだけど、現場に戻って、がんがん番組を作ったんです。そして、彼の持つ個人的なネットワークもそこで力を発揮していった。
例えば科学者の木村真三(きむら・しんぞう)さんです。木村さんの職場は公的な研究機関でしたので、「上司の許可を得ないで勝手なことをやっちゃいけない」と言われるんですが、それでも木村さんは、辞表を叩きつけて七澤さんのところに馳せ参じるわけです。そういう人間が何人もいて、いわば、ある種一匹狼の連帯みたいなことが、がばっと出来て、がんがんやっていくんです。僕、読んでいてこんなに勇気づけられたことないです。

(坂本)
きっと同じ仕事をしている同僚としてもそうでしょうけれど、テレビを視ている側、一般の側で言うとですね。僕この一年でとても感じるのは、“ネットデバイド”です。10年前はデジタルデバイドと言われていて、“持っているものと持っていないもの”というように言われましたけど、今そのネットデバイドが広がっています。
どういうことかというと、ネットから情報を得ることが出来て自分でそれが事実かどうか確認できる人と、大手メディア、マスメディアからしか情報を得られない人たちとの格差です。実際、福島のじいちゃん、ばあちゃんたちもそうですけど、一番困っている人たちが、その格差の中にいる。でもネットでたくさんあるような事実が、マスメディアの中で、テレビで流れた。しかもNHKの全国放送で流れた。それがどれだけ大きなことかと。そこが大事ですよね。

(金平)
僕も読んでいて、本当に勇気づけられて。これは読み物としてもとても面白かったです。ドラマを見ているみたい。七澤さんという人は、離婚家庭で、父親一人で娘を育ててきたわけです。その娘さんが芸大に受かってね、3・11の翌々日に合格発表を七澤さんは自分で見に行った。ところが、原発のことで気が気じゃないんですね。その学費を払い込みした日が3月14日で、その場にかつての同僚から「あんたに来てもらうのが一番だ」と応援要請を携帯電話で受けるんですね。で、すぐさま七澤さんは「俺は手続きは済ませたよ。でもあしたから現場に行かなきゃいけないんだ」と娘に電話したら、娘さんが一瞬を声を詰まらせてから「仕方ないね。パパはこの日のためにやってきたんだものね」とパッと言うんです。なんかね・・・もう、「こんなこと書いてくれるなよな」っていうぐらい、すごい。

それからNHKの中でもやっぱりまともな人はいっぱいいて、報道局の官僚的上層部が「警戒区域の中に入るな」ってお触れを出すんですが、七澤さんはそれを破って入るわけです。その時に「私も連れていってください」っていう若いディレクターがいてですね、取材車の後ろに隠れて潜り込んでいるんです。それで彼は運転している最中に見つかるんですが、「お前、なんで潜り込んでいるんだ」と七澤さんが言ったら「僕も行かせて下さい」って。そういうやつがちゃんといるという。これ、克明な記録で、とっても貴重な記録です。七澤さんも腹をくくって書いたんでしょう。
「「放射能汚染地図」はとても高く評価されて、文化庁芸術祭賞で大賞=グランプリを取ったり、早稲田大学ジャーナリズム大賞とか、JCJ賞大賞とか、とにかく、いろんなテレビ報道に関係する賞を総なめにしましたが、どうもNHKの内部では、これに対して煙たがる雰囲気も一部にあったようですね。新聞社の放送担当記者たちから聞いたのですが、NHKでも、優れた番組は内部で褒章を与えて、皆で勇気づけるということをやっている。例えばNHK会長賞とかね。ところが、この「放射能汚染地図」は無冠なのですね、NHK内部においては。本当に不思議ですねえ。一体何なんでしょうねえ。ただ、なんていうんだろう。この人たちがやってきたことは、周りにとっても凄い力になっていきますね。
「ETV特集」というどちらかと言うとマイナーなところで力のあるものが出ると、今度は、NHKの中でいうと、「Nスペ」という地上波に影響を及ぼしていく。そして、そうした番組班が突っ込んだことをやると、今度は報道局全体が無視できなくなる。昨日の7時のニュースで「脱原発集会」が取り上げられていましたが、今までだったら一切無視されていたようなニュースです。でもいまや報道せざるを得なくなったんでしょうね。もちろん、バックラッシュというものもあるんでしょうけれども。
(坂本)
ただね、昨日行われた国の慰霊祭についてのNHKのニュース報道で、陛下のお言葉(※注①)、3段落目が放射能のことだったんです。でもニュースでは、そこをすっぱり切っていましたね。だから一切流れなかった。

(金平)
センスないなあ・・
(坂本)
不敬罪だよ(笑)

(金平)
不敬罪!(笑)
(坂本)
戦前だったら不敬罪です(笑)

(金平)
今の天皇陛下というのは、戦後民主主義者なんですよね。原発的なものとか、日の丸・君が代の押し付けみたいなものに対しては、とても批判的なんです。でも、周りが悪いんですね。それを発信しようとすると、みんな消しちゃう。
(坂本)
陛下は、政治的な影響を与えてはいけないということをご自身もわかっていらっしゃるから、非常に気をつけて発言されているけれども、3・11直後に珍しくビデオでメッセージを発信しましたね。あれは僕は、一種の玉音放送だと思って見ていましたが、あの時も放射能のことに触れていますね。それで一年後の昨日も、3段目で放射能のことに触れておられました。

(金平)
今の天皇の民主主義度というものは、ある種の人たちにとってはあまり快くないかもしれないですね。沖縄に関しても、ものすごい理解ありますよね。
(坂本)
陛下は朝鮮半島と天皇家の関係についても発言されていますよね。
(金平)
それは海外には流れていますが、日本では一切流れていないんですね。僕は、メディアに勤めている者として、本当に理解に苦しみますね。誰がどういう考えでそういうことをするのか。「これを使わないほうがいい」とするのか。それは僕ら自身の問題なので、僕はもちろん、ここでも会社の中でも言いますけれども。でもきっと、言い続けるといられなくなるんでしょうけどね(笑)。

(続く)
※注①天皇陛下の慰霊祭での言葉:
東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。
1年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。
さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。
この度の大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、深くねぎらいたく思います。
また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。
被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。
今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。
坂本龍一(さかもと・りゅういち)
言わずと知れた世界的なミュージシャン、作曲家、ピアニスト、俳優、著作家、等々幅広い活動範囲をもつ。1952年1月生まれ。東京都出身。都立新宿高校→東京芸術大学大学院修士課程修了。愛称は「教授」。音楽上の経歴は一切省略して、ここでは彼の社会的な活動に若干触れておく。戦争や環境問題についての発言をしっかりと継続して行っている日本では数少ないアーティストのひとり。実際、故・筑紫哲也キャスターらと共に、地雷除去キャンペーンに参加したほか、アメリカ同時多発テロ事件後の「非戦」姿勢の表明、楽曲の制作(アルバムChasm)、PSE法(電気用品安全法)に反対する署名活動の展開、青森県六ケ所村の核燃料再処理工場に反対する運動(STOP ROKKASHO)、東日本大震災後には、自ら被災地を訪問して、森林保全団体モア・ツリーズとともに、木造仮設住宅の設営に尽力している。かなりの読書家でもある。
(聞き手)
金平茂紀(かねひら・しげのり)
1953年北海道旭川市生まれ。1977年にTBS入社。以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、「筑紫哲也NEWS23」のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を3年間歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。アメリカ総局長・兼・コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。2010年10月からは「報道特集」キャスターを務める。著書に「世紀末モスクワを行く」「ロシアより愛をこめて」「二十三時的」「ホワイトハウスより徒歩5分」「テレビニュースは終わらない」「報道局長業務外日誌」「NY発 それでもオバマは歴史を変える」など多数。
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