私の多事争論


坂本龍一「僕らが“倫理”を語るなんて」Ⅶ

2017/04/24

原発は“非倫理的”






(金平)
まあ、楽しい思いをし過ぎたということがあるんでしょうけどね。
だけど次の世代の人が、何の楽しみもないまま、負荷を背負いながらこれからを生きていくわけでしょ。
若い人たちと話をする機会がよくあるんですけどね、今の高校生以下の人たちはすごくかわいそうです。だって原発を廃炉にするお金って、これから50年間ぐらい支払い続けなきゃいけない。どんなに一生懸命働いても、そのうちの10%以上は廃炉費用にもっていかれちゃう。しかも彼らの責任じゃないのに。


(坂本)
原発54基の廃炉費用って天文学的数字ですよね。



(金平)
天文学的数字ですよね。まともに向き合うとやる気なくなるぐらいの。


(坂本)
これだけ評判の悪い原子力学会に学生を入れて、廃炉のために、技術者や研究者を何百年も養成し続けなければならない・・・。

(金平)
いや若い人、行かないですよ。行きたくないという人の方が多いと思いますよ。


(坂本)
だけどいなくなっちゃったら、誰も何もわからなくなる。放り出すしかなくなる。
そこで要するに廃炉ビジネスですよね。アメリカとかフランスが、世界の廃炉ビジネスを牛耳って・・・というか、もうやっているわけですよね。
いま、何兆円も出して海外から石油を買っている。そしてこれからは、毎年ものすごいお金を廃炉のために払う。これから百年ぐらい、働いても、働いても、廃炉のためにお金が国外に流出してしまうということですよ。



(金平)
だから、若い人たちに希望を持てというのはものすごく酷な話です。でも、それが現実です。
話が前後して申し訳ないんですが、先ほどの倫理の話でね。ドイツの「モルスレーベン」という、放射性廃棄物の貯蔵施設に行ったんです。これはもう、旧東ドイツの施設だからひどいんです。単に、岩塩鉱の中に中・低レベル廃棄物を置いているだけ。そこに行って、そこで働いている人たちの話を聞いたんです。勤めている人の人数とか、従業員はどういう人で、給与水準はどういう感じとか、労働組合はあるのかとか、いろんな話を聞いた。



すると、そこで働いている人の給料というのが、ほかに比べて良いんです。僕は日本とのアナロジーで、ひょっとしてそこでは、非正規雇用者とか移民の人が働いているんじゃないかと思っていたんですが、「とんでもない」と。「だってここ、技術や知識がないと駄目な所でしょ」と。もちろん全員が社員で、労働組合の組織率が7割。それで給料が高いから、やっぱりきちんと専門的知識を積んだ人が入ってくるそうです。それに対して日本の現状を説明しようとすると恥ずかしくなります。


(坂本)
たぶん理解できないですよ。彼らは。



(金平)
だっていま、東電の福島第一原発で作業している人たちって、すごく恥ずかしいことですけれども、5次、6次、7次、8次、9次下請けの人たちです。途中でピンハネをされて。そしてもともとは何の専門知識もない。


(坂本)
それ、事故が起きていなくても同じことですよね。原発の定期検査の時の清掃作業で働いている人たちも同じことです。

(金平)
それって、ものすごく非倫理的なことですよね。考えてみれば。前から僕ら、「原発ジプシー」とかなんとか言っていたけど、一番危険なところに一番困っている人を置いておいて、それで東電の社員はあそこに入らなくてもいいという。


(坂本)
原発はね、たとえ事故がなくても、最初から最後までずっと非倫理的なんです。まず、ウランの採掘のところからです。先住民族の土地にウラン鉱がみつかって、自分たちが被曝するのは嫌だからと先住民族の人を使って採掘する。
それで精錬して持ってきて日本で使うけれども、定期検査の時に漏れちゃったら、自分では嫌だから孫請けの労働者にやらせる。
中間貯蔵とか最終処分においても、他に仕事がない地方―青森県の六ヶ所村みたいなところ―に押し付ける。漁業権などの生存権を奪っておいて、もしくは働けなくなるようにしておいて。だから最初から最後までが非倫理的なんです。事故が無くてもね。



(金平)
無くてもね。


(坂本)
そういうものなんです。倫理という言葉でもっと言うと、まだ自分たちもどう処理したらいいのかわからない放射性廃棄物を、未来の世代に押し付ける。もしかしたら漏れちゃうかもしれないのに。核燃料がそこにあるわけですから、今の4号機みたいにまた溶融しちゃうかもしれないし、事故が起こるかもしれない。それに事故が起こらなくても、放射能は残っている。プルトニウムだったら、2万4000年経ってもまだ半分ある。2万4000年っていったら・・・遡れば氷河期ですよね。

(金平)
いや、だから、クロマニヨン人ですって。ホモサピエンスの前の段階で。


(坂本)
それぐらい先の人間にそうやって押し付けるわけですよね。そういうものを作り出すこと自体、非倫理的ですよね。事故が無くても。ましてや事故を起こして放射能を海に垂れ流したり、自国を汚したりしている。そんな非倫理的なこと・・・。なぜ、右翼が怒らないのか不思議です。

(金平)
右翼って言っていいのか、鈴木邦夫さんなんかがやっていますけど、一方でさっき言ったように、今の天皇が放射能の怖さについてきちんと口にしていることについては、あまり取り上げないような力が働いている。そこが何なのか・・・。そういうものを見ようとしないというかね。
例えば、こういうホテルの快適さを求めるような、自分たちの日常的な気持ちみたいなのがあるじゃないですか。それとどこかでつながっているのか、つながっていないのかもよくわからない。僕は美味しいものを食べたいし、快適な生活をしたい。そういうのはあるんです。それが僕の、人間の欲望です。そして、そういった欲望がいろんなものを発展させる、ということがあると思うんですけれども、欲望の方向というのかな・・・。
福島県の、何もかも失ってしまったような地域とか、もしくは、大熊町とかそのままで残っているんだけれども、放射線量だけは異様に高いみたい地域。ああいった所は、モノ的なもの、“豊かなモノ”は残っているわけです。そのまま。でも何の意味も無くなってしまった。




(坂本)
町の入り口にある看板、「原子力で豊かな明るい未来を」というのを見るとね・・・。

(金平)
それね、たぶんそこの人たちもそういうものだというふうに思ってきたと思うんですよ。でも今や何の意味も持たない。


(続く)



坂本龍一(さかもと・りゅういち)
言わずと知れた世界的なミュージシャン、作曲家、ピアニスト、俳優、著作家、等々幅広い活動範囲をもつ。1952年1月生まれ。東京都出身。都立新宿高校→東京芸術大学大学院修士課程修了。愛称は「教授」。音楽上の経歴は一切省略して、ここでは彼の社会的な活動に若干触れておく。戦争や環境問題についての発言をしっかりと継続して行っている日本では数少ないアーティストのひとり。実際、故・筑紫哲也キャスターらと共に、地雷除去キャンペーンに参加したほか、アメリカ同時多発テロ事件後の「非戦」姿勢の表明、楽曲の制作(アルバムChasm)、PSE法(電気用品安全法)に反対する署名活動の展開、青森県六ケ所村の核燃料再処理工場に反対する運動(STOP ROKKASHO)、東日本大震災後には、自ら被災地を訪問して、森林保全団体モア・ツリーズとともに、木造仮設住宅の設営に尽力している。かなりの読書家でもある。

(聞き手)
金平茂紀(かねひら・しげのり)
1953年北海道旭川市生まれ。1977年にTBS入社。以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、「筑紫哲也NEWS23」のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を3年間歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。アメリカ総局長・兼・コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。2010年10月からは「報道特集」キャスターを務める。著書に「世紀末モスクワを行く」「ロシアより愛をこめて」「二十三時的」「ホワイトハウスより徒歩5分」「テレビニュースは終わらない」「報道局長業務外日誌」「NY発 それでもオバマは歴史を変える」など多数。




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