それがたとえ1ミリでもⅤ
2010/05/16
~”値する人””しない人”の区別~
―途中で嫌になっちゃうことはないですか?


ははは(笑)。今回(内閣府参与の仕事)は、もうかなりストレスフルでしたよ、人生最大のストレスだったと思います。 “活動”って、やりたい人が集まってやっているでしょ。ある問題をなんとかしようと思って集まってきている人たちでやるわけでしょ。だから人数少ないし、やれることも限られるし、方法論的なことで意見の葛藤もあるけど、でもまあ、「これはやんなきゃいけないよね」っていうことは、確認しあうまでもない合意事項になっているわけですよね。ところが、行政はそうじゃなくて、「これをやらなきゃいけないよね」っていう議論が、そもそも成り立たない。財源の理由でできませんとか、制度的な理由でできませんとか、そういう話から入るので、「これやらなきゃいけないよね」というのをどう作れるかが、いわば結果になるんですよね。最終目標値になる。そういう状況っていうのは、私は今まで、“やりたい人、この指止まれ方式”でやってきたから、経験したことなくて、凄く戸惑ったのとストレスでした。それは凄いストレスでした。まあちょっとうんざりだなって思ったこともありましたけどね。

いわゆるすべり台的社会に対する不安というのは、かなり肌感覚になってきて、危なっかしい社会だと、もうちょっとちゃんとセーフティーネットをちゃんとしないといけない、というような意味では、今まで言ってたようなことがある程度通りやすくなってきた。そこは、大分状況は変わりましたけど、でも、(救済の対象として)「値する人」と「値しない人」がいるんだというこの社会の区分は、揺らいでいない。
―「頑張っている人じゃないと助けてあげないよ」みたいな。
そうですね。私“派遣村の限界”って言ってるんですけど、新宿にしろ私が活動していた渋谷にしろ山谷とか釜ヶ崎みたいな寄場もそうですけど、派遣村みたいなことを30年間やってきてるんですね。派遣村やった年末年始だってやってたわけですよ。でもあっちには社会的な注目は行かないわけですよね。派遣村といって、「派遣切りされた人が主な対象者なんです」ってやったからわーっとなったわけでしょ。そこには、「注目に値する者」と「注目に値しない者」との区別があるわけじゃないですか。既にね。で、その区別は、掘り下げていくと、“派遣切りされた人は求職意欲のある人たちで、だから救済すべき人たち”。“ホームレスは求職意欲のない人たちで、救済しなくていい人たち”という区分があって、その区分があるからこそ、派遣村にホームレスが混じっているじゃないかという批判が成り立つという・・・。
―・・・そうですよね。
その区分は今でも揺らがない。結局、今年も同じこと言われたし、ワンストップサービスの時もそういった首長は沢山いました。日本の場合は、ポイントは、「求職意欲」なんですよね。働く意欲がちゃんと目に見える形で強いっていうことがわからない限り、助けてあげるとか、対応するということが“甘やかし”にしかならない。そこは揺らいでいないと思いますね。全く。

―そこの区分は、去年の派遣村、今年の公設村とやってみて、社会の目、官僚の目、色々あるけど変わらないですか。
日本社会の「地」みたいなもんだと。今、私、「岩盤」って言ってますけど。働くことに対する過度の神格化というのかな。つまりその、生活が働くことの一部みたいになっちゃってる。働くことが生活の一部なんじゃなくて。生活が働くことの一部になっちゃうような、そういう感覚がいつからなのか知らないんですけど、少なくとも、一連の新自由主義改革以前から日本にはずっとあったのだと思いますね。
それで何が変化していったかというと、昔は額に汗して働くこと自体が素晴らしいことだった。だけど90年代以降は、単に額に汗しているだけじゃだめで、もっとこう、効率的・効果的・成果的に合理的に上手く働かないと認められないっていう風になりました。そこが昔と90年代以降の違いなんだと思っています。
でも今、後者の方は、感覚的にかなり反省がきている。そんな合理的な、カネばかり稼いでいるばかりではないと。FX扱っているディーラーが偉いんじゃないという風な感じは出てきているんだけど、でもやっぱり、根っこの部分は揺らがないわけですよ。額に汗して働くのが美しいんだと。それは別に悪いことじゃないんですけど、だけど逆を返すと、今働けていない人は駄目な人間だっていう、この元々あった日本の地盤みたいのが、今、むしろ新自由主義に対する反省があるからこそ出てきている。新自由主義は反省されるんだけど、そこまでは反省されないっていうかな。この区分がやっぱり、貧困問題なんてやっていると、もうすぐに持ち出されてくるっていうかね。そこの揺るがなさっていうのは、本当に硬いなって思いますね。
―今、経済的にもしんどい思いする人が増えてきていますが、それで状況は変わってこないんですかね。
いや自分がしんどい思いをしているからこそ、かえって許せないわけですよ。日本の貧困層って、OECD基準でいう相対的貧困層ですが、稼動年齢層で見ると8割は働いてます。なので実は日本の貧困問題というのは、少なからずワーキングプア問題なんですよ。だけど自分も貧困状態にあるその人たちが、自分は貧困だと思っていないということと、あと働いていない2割の人にフォーカスがいっちゃうんで、貧困っていうのはああいう働かない怠け者の奴らのことなんだってなってしまう。「貧困層全体の8割が、働いているにも関わらず貧困」ということが問題なのにも関わらず、残りの2割のほうへ目が行っちゃって。
働かない人に対する、差別意識みたいなものによって、今のこの苦しい自分が救済されるっていうか肯定されるっていうか、私はどんなに苦しくても頑張って生きてんだっていうプライドになっている。

―自分もつらいはずなのに、自分で自分の首を絞めているっていうか、それは皆が幸せにならない社会につながっていっていきますよね?
そう、一歩引くとそういうことが言えるんですけど、貧困スパイラルって言ってますけどね、ただ一歩引いて考える余裕がないっていうことなんだと思うんですよね。
(続く)
湯浅誠 1969年生まれ
NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長、反貧困ネットワーク事務局長他。90年代より野宿者(ホームレス)支援に携わる。「ネットカフェ難民」問題を数年前から指摘し火付け役となるほか、貧困者を食い物にする「貧困ビジネス」を告発するなど、現代日本の貧困問題を現場から訴えつづける。
著書に『反貧困』(岩波新書、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞大賞、第8回大仏次郎論壇賞)、『貧困襲来』(山吹書店)、『本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』(同文館出版)、『正社員が没落する』(堤未果氏と共著、角川新書、2009年)、『派遣村』(共著、岩波書店・毎日新聞社)、『どんとこい!貧困』(理論社「よりみちパン!セ」シリーズ)、『岩盤を穿つ』(文藝春秋社)など。
2008~09年年末年始の「年越し派遣村」では村長を務める。2009年10月内閣府参与に就任。雇用対策本部内に設置された貧困・困窮者支援チーム(主査:山井和則厚生労働大臣政務官)の事務局長を務める。2010年3月内閣府参与辞任。
2010年5月10日、内閣府参与に再び就任。
貧困・困窮者支援チームを改組したセーフティ・ネットワーク実現チーム(主査:細川律夫厚生労働副大臣)で事務局長代理を務める。
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