変えてはいけないもの

金平茂紀(かねひら・しげのり)

1953年北海道旭川市生まれ。1977年にTBS入社。以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、「筑紫哲也NEWS23」のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を3年間歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。アメリカ総局長・兼・コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。2010年10月からは「報道特集」キャスターを務める。著書に「世紀末モスクワを行く」「ロシアより愛をこめて」「二十三時的」「ホワイトハウスより徒歩5分」「テレビニュースは終わらない」「報道局長業務外日誌」「NY発 それでもオバマは歴史を変える」など多数。

#2 『クローズアップ現代』のこころざし

2010/12/30

今ではほとんど見なくなっていたNHKの『クローズアップ現代』を何気なく見ていたら、何だかのっぴきならない放送内容にどんどん引き込まれていた。12月8日に放送された「ある少女の選択~“延命”生と死のはざまで~」である。医療技術の発達によって、重い病気にかかっても、人間は生きられようになった。「延命治療」と呼ばれる分野がある。最新医療技術の整った病院内施設で、人工臓器を装着し、外部からの栄養補給によって生物としての生命が維持される。それはそれで素晴らしい人類の医療の進展だろう。だが意思を持つ患者にとって、「延命治療」は自分の人生を必ずしも豊かなものにしないのではないか。そのような根源的な疑問をもったひとりの少女が「延命治療」を拒否し、自宅で最愛の両親とともに時間を過ごしていくという選択をする。両親はその選択に戸惑う。専門の医師がその少女の選択を支える。『クローズアップ現代』の取材班は、その治療の過程に1年以上密着し、その葛藤と選択のありようの一断面を映し出す。少女が声を失った後に、携帯電話を使って両親とのあいだで真摯な対話が続く壮絶なさまに、みている者は、厳粛な気持ちにさせられる。生命の尊厳とはそのようなものなのだろう。筑紫さんが、鹿児島の病院から東京の病院への転院をすすめられた際に「延命治療」を拒否されたというエピソードをご遺族からうかがったことがある。さまざまな思いがこころのなかに広がった。
NHKは公共放送である。だから公共の利益のために放送が行われるのが建前になっている。僕が今年の9月にニューヨークから日本に帰国して、日本のテレビを見始めて最も驚いたことのひとつは、NHKの変わりようだった。一言で言えば、まるで民放のように成り果てていた。朝の帯番組とか、番組出演者のキャスティングとか、ニュース番組の演出方法とか。NHKが民放のように視聴率の獲得なんぞを目指してはならないのじゃないか。それはいわばNHKの自殺行為だと思う。願わくば、上記の『クローズアップ現代』の取材者たちが、民放のように少女の重い選択を「商業化」しませんように。NHKにこそ「変えてはいけないもの」の集積がある。その集積と、いまも闘っている取材者たちのこころざしに希望をつないでいこう。

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