コロンビア大学漂流記

金平茂紀(かねひら・しげのり)

1953年北海道旭川市生まれ。1977年にTBS入社。以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、「筑紫哲也NEWS23」のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。
報道局長を3年間歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。アメリカ総局長・兼・コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に「世紀末モスクワを行く」「ロシアより愛をこめて」「二十三時的」「ホワイトハウスより徒歩5分」「テレビニュースは終わらない」「報道局長業務外日誌」など多数。

第5回 ご近所の中台問題

2009/5/29

 だいせんじがけだらなよさ。大昔に寺山修司が使ったこの「おまじない」のような言葉は、後ろから読めばその意味がよくわかる。「さよならだけが人生だ」。出会いがあれば、必ず別れ=さよならがある。これまでたくさんの人と出会って、たくさんの人との別れがあった。さよならだけが人生だ。だいせんじがけだらなよさ。このコロンビア大学でのフェロー仲間たちの中にも、この夏、それぞれの古巣に戻って行った人たちがいる。東アジア研究所のフェローの相部屋で、僕の割り当てられたデスクの前には、台湾の出版社から来たSara Wu がいる。彼女は台湾最大の雑誌「Common Wealth Magazine」の編集者である。そして、僕の後ろの席には中国の上海から来たXiaohua Qian氏がいる。彼は上海でトップクラスの不動産企業体Greentown Real Estate Group を経営している代表者である。この台湾、中国の2人に挟まれて、中国語が飛び交う環境のあいだに僕は位置していた。3人の共通語はと言えば、決して流ちょうではない英語しかない。大学でたまに開かれるブラウン・バッグ・レクチュアで台湾問題がテーマになっている時などは、それぞれの立場が異なるので、レクチュアのあと2人の間に多少緊張感が走っているのを目撃したこともある。「ひとつの中国」であろうと、台湾の自立を認める立場であろうと、こういう場で日常的に言いたいことを言い合うのはいいことだ。お互い第三国にいるのでものが言いやすいということもあるだろう。けれども、両者ともに自説を決して譲らないところがスゴい。

 Saraはとても明るくマジメで、いつも笑顔である。音楽も映画も好きだが、英語の勉強もすごくちからを入れていた。一緒に映画を見に行ったりしたけれど、感動のあまり涙を流しているのを何度かみた。Saraの笑顔に何度励まされたことだろう。

 Qian氏は、自らを「Mr.Cash と呼んで欲しい」というくらいで、今の中国では屈指の資産家だ。「中国の田中角栄みたいな人だ」とはインマーマン氏の表現だ。見るからに大物という風格がある人物だ。お酒もたしなみ、ゴルフによく出かけていて、とても活動的な人だ。

 SaraもMr.Cashもこの夏でそれぞれの故国に帰っていく。さびしくなるな。中台問題もずっと挟まれ続けていると、だんだんと慣れてくるものなのだ。やはり、メインランドの中国の考え方と、小さな島国・台湾ではものごとの考え方がかなり異なっている。ただ共通しているのは、日本に対するイメージだ。日本の経済力には一応の敬意を表しているけれど、日本の政治のレベルについては、2人ともとても相当に手厳しいことを言っていた。

 Mr. Cash によれば、大部分の中国の人々は、今の中国政府指導層ほど、社会主義、共産主義イデオロギーと無縁な人々はいないのではないかと考えているという。中国共産党指導部なのにね。そのCash氏は、オバマ政権が大手銀行の救済策=実質国有化に近い措置を打ち出したときに、にこにこしながら「これでアメリカはようやく社会主義化への道に近づいた」と冗談を飛ばしていた。あの冗長な北京オリンピックの開会式での「口パク」について感想を求めたら、Mr.Cash は、「あんなことは普通のこと。小さい。小さいことだ」と笑い飛ばしていた。スケールの大きい人だ。重箱の隅をつつくようなメディア界の人間とはわけが違う。

 Saraによれば、日本はアジアのなかでも際立って「清潔」を求めている国だと思う。街もきれいすぎると。Swine Flu(通称:豚インフルエンザ)の日本の対応は過剰反応じゃないか?と彼女に尋ねたら返ってきた言葉だ。 「2010年には、上海か台北か東京で再会しよう。」そんな風に歓談しながら、送別の杯を交わした。2人によってもたらされた中台関係の狭間での会話は楽しいものだったと話しながら。


Sara(筆者の左)とMr.Cashとともに

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