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金平茂紀(かねひら・しげのり)
1953年北海道旭川市生まれ。1977年にTBS入社。以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、「筑紫哲也NEWS23」のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。
報道局長を3年間歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。アメリカ総局長・兼・コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に「世紀末モスクワを行く」「ロシアより愛をこめて」「二十三時的」「ホワイトハウスより徒歩5分」「テレビニュースは終わらない」「報道局長業務外日誌」など多数。
第8回 大学とは何をするところなのだろうか?
2009/10/21
自分の良心だけにもとづいて(つまり誰からも強制されず、外部のしもべとならずに)学問・研究の自由をまっとうすること。教育を行い、人を育てること。その結果として、社会の維持に必要な労働力を供給すること。加えて、地域の活動拠点、コミュニティ・センターとして機能すること。さらには、時代の文化の発信地となること。大学のあるべき姿とは理想を言えば、そのようなものではなかったのか。
コロンビア大学に客員研究員として籍をおいて、1年と2カ月。日々、時間を費やしながら、大学のありかたについて、この地と日本や他の国々との違いが徐々にわかりかけてきた。何から何までアメリカがよいというつもりは全くない。だが学ぶべき点がいやというほど日本側にあることがわかった。ひとつは、とにもかくにも、アメリカは大学生に滅茶苦茶、勉強をさせる。その分量たるや半端ではない。手が抜けない。もうひとつはディスカッションの重視。他人と議論することに非常に重きを置いている。だから何も発言しない人はいないものとみなされる。小さなころから学校教育の場などで、Participation(参加)が授業の基本方針になっているので、自分の意見をきちんと言うことに慣らされている。日本の場合と正反対だ。先生の言うことを静かに黙って聞きなさい、などというのは当地ではあり得ない。議論をする場においては、教師と学生は対等だ。実際に教授と激しくやりあう場面などを目撃するとハラハラさせられることがある。
日本に関する研究のレベルは、コロンビア大学に関する限り、とてもレベルが高いように思える。もちろん僕の知らない分野(経済や経営学、宗教など)はわからないけれど、キャロル・グラックの現代史の授業や、ジェラルド・カーティスの日本政治、さらにはドナルド・キーンをはじめとする日本文学の研究者たちのレベルは、日本のそれと比較しても、はるかに充実しているのではないか。さらには、日本映画研究やマスカルチュアについても、場合によっては、日本以上に日本のことをよく知っている。驚きだ。
映画が好きなので、現代日本映画論というレクチュアと上映の授業を聴講した、実によく練られた内容で感心してしまった。初回の授業で上映されたのは、今敏(こん・さとし)の『パプリカ』だった。もちろん宮崎駿の『風の谷のナウシカ』もプログラムには入っている。原一男の『ゆきゆきて、神軍』も上映された。ゴジラやポケモンといった文化表象がテーマに取り上げられる講義もあった。現代アメリカ文化論についても、こうした研究が、日本の大学においてなされていないとすれば、それは日米間の学問の到達度の非対称を物語るもので、何とかしなければならない。
さて、最後に文化の発信地としての大学だけれども、こっちの方がとても大事な機能なのだ。ちょっと前になるが、9月28日29日30日と、コロンビア大学のフィロソフィー・ホールでランチタイム・コンサートがあった。入場無料。世界的なバイオリニストのひとり、ジェニファー・コーがふらりとやってきて、中くらいの大きさの部屋で、3日間連続で、バッハのパルティータを独奏した。僕は29日は行けなかったが、このコンサートをみた。200人以上の大学生や教員たちで満員。けれども演奏は素晴らしかった。そして、こんなふうに思った。この空間は何と豊かで、音楽の喜びをみんなで共有していることだろうか、と。こういうことが大学がなすべき重要なことなのだ、と。何から何までお金儲けに換算しなければ気が済まない、ということを超えて、大学が果たすべき役割の一駒をみせつけられたように思った。日本もこうなればいいな、と心から思う。
9月28日のジェニファー・コー
普通の教室で演奏するので、窓の後ろの風景が自然に目に入ってくる。
外は階段のある大学の通りで、演奏中、何人もの学生たちが行き交っていた。
バッハの曲の神聖なる空気と、窓外の風景の日常性が、奇妙にマッチして、
とてもよかった。
9月30日の演奏終了時のジェニファー・コー。満足げな表情。
(いずれも筆者撮影)